第198期 #5

新しい名前の子供たち

 一月二日。午前中。車で出かけた。
 小学四年生の娘と僕の若い弟。行先は僕と弟の実家。
 妻は子供を産んだばかりで自分の実家にいた。
 高速道路のサービスエリアで休憩した。
 また走りだす。
 助手席に僕の弟。後部座席に娘。
 娘が言った。
「私の名前は二宮月子です」
 僕は言った。
「急に何を言ってる。熊野佐千恵だ」
「いいえ月子」
「いや佐千恵。僕が考えた」
「いいえ私は二宮月子。どうして私はこの車に?」
 弟が言った。
「名前が違うってことは中味もまるごと違うんだろう」
「私をどこに連れていきますか?」
「おじいちゃんおばあちゃんの家」
「誘拐?」
「誘拐なんて言い方するな」
「でもこれ」
「血の繋がった人の家に行くんだ」
 思春期に入りはじめた異性の子供なんて、もう他人同然なのかもしれない。
 娘というか、二宮月子は言った。
「私の家に引き返して」
「二宮月子さんの住所なんか僕は知らない」
 二宮月子は住所を告げた。僕と娘の家と同じだった。
 弟が提案した。
「ひとまず車を停めて話そう」

 またサービスエリア。
 僕はシートベルトを外して後部座席を振りかえる。
 驚いた。娘の顔つきがいつもと違うように見えた。
 僕は言った。
「ママと一緒じゃないのが嫌なのか?」
「私は私の家に帰りたいだけ」
 そこで弟が笑いだした。
 それで私は怪しさを感じた。
 スマホで「名前を変える」といったワードでネットを検索した。あった。「名前を変えて親を操る方法」。
 僕は読みあげた。
「操る相手は一人に絞り、親以外の大人を仲間にするのがポイント」
 弟は言った。
「ただの遊び」
 口先では謝っているが、娘にも弟にも反省は感じない。
 からかっただけと思ってるんだろう。確かにそうだ。けど、変名くらいのことでくつがえる日常のもろさを僕は突きつけられた。
 もしも子供たちがいっせいに新しい名前を名乗りだしたら、既存の世界なんか壊れちゃうんじゃないだろうか。
 壊れるんだろうな。
 僕は言った。
「二度とするな」
 まだ二宮月子なのかもしれない娘と弟は、僕を指さして笑った。
 自分たちで作った嘘の物語で人を騙すというのは、とても愉快なことらしい。
 はは。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
 僕は言った。
「出直すぞ」



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