第196期 #6

 電車が停まった。通勤時間帯満員車両。
 真冬。
 ゆるやかに減速して、静かに停止した。理由は分からない。
 窮屈な車内の客たちは誰も喋らない。乗車扉の上には運行状況を表示するモニタがついている。その画面がぷーっと長く高い音を消した後で消えた。誰も騒ぎださない。昨日も誰も喋らなかった。今日だって誰からの発言もないだろう。
 僕は網棚の上の車内広告を見あげた。美容脱毛と結婚相談。隣は金融商品と分譲集合住宅。
 僕は吊革に掴まっていた。目の前の座席の学生は携帯端末を見ていた。画面は黒かった。電源がつかないようだ。僕の携帯も同様だった。
 もしかしたら深刻な事態が起きたのだろうか。
 ここまでで体感一分(時間を計測する機械はすべて停止していた)。

 不意に、誰かがどうしましょうかと言いだせばそれで解決するのではないかと閃いた。次の瞬間否定した。
 それは違う。がたがた抜かせばそれだけ損で、静かにしていればそのうち救済されるというのが生活の習い。以前、問題が発生した時もそうだった。同じように電車が停まった時も、黙々と整列して帰宅しているうちに、犠牲はあったが解決した。
 そう言えばあの時は未曽有の危機だった。あれを切りぬけた自分たちは、とてもえらい、立派な人類種なのかもしれない。
 我慢だよ。
 電車が再び動きだした。

 二週間後に政府から発表があった。
 電磁波ストレス障害。
 僕の乗っていた電車は電磁波ストレス障害に遭遇したのだそうだ。原因の詳細は目下調査中だが、あらゆる一切の電気がダメに、使えなくなってしまうらしい。自然現象の一種。
 その珍しい体験に出遭った人間としてマスメディアから取材の依頼があった。が、僕は断った。事前提示が薄謝だったというのも理由のひとつだが、そもそもこういう奇異に関してはあまり言及しないほうが万事よろしい。特に素人は。
 しかし中学生の息子には質問された。
「本当は何が起きたの?」
「電磁波ストレス障害」
 息子は僕の説明には納得しなかった。仕方がない。僕もその名称から推測される、電磁的な、ストレス的な、障害的な、ぼんやりとした想像しか得ていないからだ。息子にきちんと伝えられるわけがない。
 僕は、困り、はぐらかした。
「難しいことは考えるなよ」
「どうして?」
 僕は説明した。物事を突きつめた極端な考えにおちいってしまうと、例えば宗教みたいに過激になって、絶対に誰かに迷惑をかけるからと。



Copyright © 2019 qbc / 編集: 短編