第196期 #2
はたと気が付いた。
それは、あまりにも自然であって、すんなりと自分の中に入り、受け止められたようにも感じられた。
昨日まではっきりしていた、描こうとしていたビジョンがもやがかって見えなくなる。
筆を持つときの空虚感がひどい。
かつて、自分が描いていったもの達が不可解な色付きの紙にしか見えない。
突然の違和感達が僕を襲った。
これが、僕の画家としての人生の終わりだ。
こんなにも長年積み重ねてきたものが消えるのがあっさり終了出来るものなのだとは、知りたくなかった。いや、多くの人は、知っているのだろう。僕は自分には該当していないと、そう何処かで考えて、関係ないものと断ち切っていただけだ。
今、画家として死んだ僕は、色が出きって必要のなくなったチューブと同じ。不用品は捨てられ、新しいものがやってくる。
僕という画家は、ただの色の一種として周りに認識されていただけなのだ。「かわいそうに」そういうだけで、その後の僕を心配してくれる人物など現れなかったのだから。
アトリエだった、色を無くした白い部屋で、それでもまだあがくように筆を握る。
予想通り、インスピレーションのイの字も出ないとこに、他人事のように驚いてしまった。
あぁ、僕は完璧に死んでしまっている。そう感じることこの上なかった。
感情を言い表すならば。寂しい?悲しい?辛い?苦しい?……いや、無だ。
誰しも、想像するのはたやすいことだ。
自分の生涯熱中しようと思っていたことが急に消えたとしたら。状況が飲み込めなくて…いや、飲み込みたくなくて思考が停止してしまう。
要は、現実を見たくないのだ。
僕の場合、虚無感の内に揺蕩っていたのはほんの数日だった。現状打破と言えば聞こえはいいのだが、とどのつまり、諦めるほか思いつかなかったのだ。
「中途半端に無理を形にする、見苦しい作品を作るぐらいならば。」
それは、元画家としてのプライドも偉そうに混在していた。
数年経って、僕は美術の教師の資格を得て、それを生業としていた。かつて僕が志していたものを、誰かの中に残したいと考えたからだ。僕の蓄積していたものを、すべて出し切りたいと。
ときたま、生徒に絵をせがまれるときがある。
すると僕は決まって同じものを描いた。
いつかの、限りが来て色を出し切った僕のような。
くたくたになった絵の具のチューブだ。