第195期 #5
蒸発した父の居所を記した手紙が届いたのは、窶と名付けられた男児が十四になった真冬のことだった。
物心ついた頃から窶は、父を殺して母に恩返しをしろと厳しく躾けられて育った。疑問は無かった。窶は母の理不尽な癇癪や爛れた性生活に不平を漏らすこともなかった。
窶はいつか自分も家族を持つのだろうと漠然と思っていたが、それを上手くイメージすることはできなかった。
「お前には姉がいたんだよ」
手紙を読み終えた母が言った。
「そうか」
「今ごろお前の親父の女になってるだろうけどね」
「おっ母、鉞を貰っていくけれどいいか」
窶に旅立ちのときが来たのだ。
川を渡り、山を越え、森の奥のうらびれた平屋に父たちはいた。犬がけたたましく吠えたてた。窶は鉞を犬に振り下ろした。犬は静かになった。家の扉からおそるおそる顔を出した男がいた。男は怯えた卑屈な表情を浮かべていた。窶とそっくりな顔だった。
「あんたがおっ父か」
「来たのか」
「ああ、来た」
「お前の名はなんという」
「窶」
窶は鉞を父めがけて振り下ろした。額が割れ、血と脳みそが噴き出した。顔が壊れた父はもう窶とは似ていなかった。
窶は部屋の奥で姉を見つけた。怯える姉を見て窶は腹から脳までが沸騰するような性欲を覚えた。窶は姉を犯した。姉は処女だった。
窶は帰郷した。
「殺した証拠もないのか無能」
「お前の顔はあの男に似て虫酸がはしる」
罵倒は毎日続いた。
「出ていけ。今夜は帰ってくるな」
母が抱かれている間、窶は引き裂かれるような思いだった。
窶は姉を夢想するようになった。あの家こそ故郷であり、自分らしくあれるのだと思った。
あるとき窶は母を殺した。きっかけはささいなことだった。噴き出した怒りは殺した程度では収まらず、窶は母の顔を破壊し、首を切断した。首から下を黒い虫とともに壊れた冷蔵庫に放り込んだ。
何の音もなかった。誰の目もなかった。自然と鼻歌が漏れた。初めてその歌を好きだったのだと知った。
窶は姉の元へ向かった。家の庭には新しい墓が立っていた。姉は生まれたばかりの赤子を抱いていた。
「そのガキ、俺に似ているな」
窶は母の首を姉に投げつけた。姉は赤子を庇うように窶に背を向けた。窶は姉から赤子を取り上げて力任せに床に叩きつけた。赤子は潰れて死んだ。窶は姉を張り倒して服を剥ぎ取った。
「生まれたらまた墓を掘ればいい」
窶は鉞に目をやった。姉はそれを追うように鉞を見た。