# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | てんとう虫 | トマト | 454 |
2 | 若人は我が物顔で森の中を練り歩く | 霧野楢人 | 1000 |
3 | 9448904390 | テックスロー | 984 |
4 | milk pan | あお | 606 |
5 | 電車にて | ハギワラシンジ | 716 |
6 | 五輪書 | 岩西 健治 | 1000 |
7 | 終わらない国 | 塩むすび | 998 |
8 | 火星小説 | euReka | 1000 |
てんとう虫を見ると、少し複雑なきもちになります。小さい頃はそうでもなかったのですが。
あの黒か赤色の甲殻をちらりとでも見てしまうと、「ああ、見てしまった」と天を仰ぎたくなってしまう。それでいて私の目はその小さな虫から、ちょっとやそっとでは離れられないのです。どちらかと言えば虫は嫌いな方で、この現象は私の小さな悩みの種となっています。
ある時私は庭にある鉢植えをしげしげと見つめました。理由は特になく、今まで気にも留めなかった物事にふと気づいてしまうと、思わず観察してしまう癖があるのです。鉢に植わっていたのは名前も知らない見慣れた雑草でしたが、その鉢の縁にあの小さな虫が居ました。
じっと動かずに止まっています。私に気付かれたと勘違いをしているのでしょうか。私はまるで自分の妙な癖を知人に見られてしまったような気分に陥りました。意識がぐぐっと狭まるのを感じて、慌てて振り払いました。私はすくっと立ち上がって、急いで家の中へと入りました。
きっとあの虫は動き出したことでしょう。ノロノロと、何処かてっぺんを目指して。
「ばかやろう、いつ死んでもおかしくねえんだ」
一時間前まで雨が降っていた渓畔の泥質土に、ヒグマの明瞭な足跡がついていた。それを見落とした後輩・小出隊員を呼び止めた楠本隊長は、しかし次の言葉を詰まらせ天を仰いだ。足跡が、彼らのやって来た沢の入口へと向かっているためだった。
両岸迫り寄るV字谷を風が吹き抜け、一帯の草木が鳴る。
「うわ、すれ違ったんすかね」
楽しくなってきた、と呑気にはしゃぐ小出隊員を叱り飛ばしたのはずっと後のことである。背丈を越える藪を掻き分けてどうにか沢を稜線まで詰め、隣の谷の源流に入り、中盤まで下ったところでようやく作業道に出会っても、楠本隊長は喉と両耳が緊張しっぱなしで大声が出せなかった。車の置き場所に戻ってくるまで、後ろで小出隊員は繰り返し森のくまさんを熱唱していた。
伐開地のベース小屋に帰ると小出隊員はすぐに昼寝を始めた。踏査日誌とヒグマの痕跡報告書を書きながら、隊長は後輩への小さな嫉妬を奥歯で噛み潰す。ペンが止まって外を見やる。夏空の青さに目が痛む。
あと三分で遭難の可能性を疑わねばならないという時刻になってB隊の車が帰ってきた。運転席からボロ雑巾のような吉村隊員が降りてきた。助手席の関隊員も似たような格好だった。とはいえ誰もそれを気にしない。汚いヤッケを羽織り、虫の集まるタオルを頭に巻くのが彼ら学生ヒグマ調査団の正装だった。
「収穫はあったか」
「めっちゃ採れました、タモギタケ!」
色褪せたザックから、吉村隊員はジップロックを取り出した。本来熊糞を回収するべきその袋たちには、黄色いキノコがこれでもかと詰められている。大岩のポイント付近にあるオヒョウの枯木にびっしりと生えていたのだという。
「水に浸けておこう。今夜で食えるだけ食うぞ」
明日には授業を終えた他の隊員たちが加勢する。山菜の取り分は調査の士気に関わる問題だった。
助手席から降りた関隊員は着替えもそこそこに、外に戻って道端のオオイタドリやエゾニュウに鉈を振る。その音に目覚めた小出隊員も煎餅布団から抜け出して、二人は刈り取った棒切れを手にチャンバラを始めた。エゾニュウの重さに振り回されてゲラゲラ笑う。
「あいつらがバテたら、温泉にでも行くか」
隣で日誌を書く吉村隊員に、楠本隊長は言った。
「おお、行きたいです!」
上機嫌な声があがる。その前に報告会か、と考えながら、隊長は微かに沢の匂いを嗅いだ。
「600000000あれ」すると、
600000000があった。34と3458が222に987を33221していると、94887が3888に88573してくれと659889は、90000000した。和になった中で222は自分と同じ222がほかにも存在する、しかもいくつも、ということは気づきもしないし、222にはそんな力は無かった。それぞれの数字は自由に振る舞った。48が自らの指向で49になることは無いし、それぞれの数字はとても平等に見えた。
その中の数字が一つ積をした。軽い積で、誰にも聞こえていないはずだったがその感染力は非常に高く、数字の海に浮かぶおのおのはそれぞれに与えられた意味をとたんに理解して数式の中で増殖を繰り返した。9400059が499399949が58539908で、結果9993994がはじけて。
それまでは数字はてんでばらばらに存在し続けた。数字はそれ自身で何か意味を持つものでは無いということが分かっていた。町中で数字のプリントされたTシャツを着た人を見て、その人が野球好きとあとで知らされてから、彼が着ていたシャツの42という数字に立ち上る意味や、朝の占いでラッキーナンバー9を知らされる瞬間のような天啓のような意味が。
猛威をふるう積の中で数字は大きさを指向した。数の暴力という言葉が数字会で流行りだした。9はなぜ10が二桁なのかということを考え眠れなくなり、94939859は自分の頭にある数字を一つでも先に進めようと考え、そうして宇宙が作られた。4895358が78457384537を385498する間に3498549が下で。終わりが無いことに気がついた数字たちはそこここに根を下ろした。それまでにいろいろなものが流行った。序数ムーブメント、「1」回帰主義、ゼロベース、虚数。しかしそんなものは一過性だった。彼らは自分たちがそれなりに特別な存在であるということをすぐに理解して、意味を求めることを止め、星のように、樹林のように存在した。最初と何も変わらなかった。
そしてそのくたびれた数字たち、はめてもすぐ外れてしまうレゴブロックを使って、今日も人間は世界を作ったり壊したりして、995345に5939493で3949が2でそこから8384を捻出して。
そんなことを考えているから多分、私にはマイナンバーが与えられなかったのだ。
「うわ、白。ミルクパンみたいな色」
急に彼がそんなことを言ったので、私は面食らってしまった。
彼は私の反応を気にする様子もなく、色気のない手つきで、私の二の腕を撫でる。 うっとおしい、まだねむい。思うけれど、満更でもないから咎められない。
「なに? 鍋の話?」
「違う違う。甘い味のパン」
「それ、ミルク味のパンじゃない」
かも? 煙草を吹かしながら、彼は笑む。寝煙草なんて、本当最低。全くいい加減な男だ。それで許されて来たんだろう、今まで。そして私も許してしまう、この男の全てを。
それからは無言の時間。私の心臓の音ばかりが響いている気がして恥ずかしい。
やめてよ。いつまで触ってんの。その言葉は声になることなく、彼の口唇に吸い込まれて行く。こんなこと、いつまで続けているんだろう。 私の時間と彼の時間は交わることなく進んでいく。
毎朝決まった時間に鳴り響く、アラームの音。
彼の温度が離れていく。
私は音を立てずに、そっとフローリングに足を踏み出す。時間を遅らせるみたいに。仕方なく歩んで行く。
おはようも、行ってきます、もない。約束のない私達。本能で身を寄せ合って、寒がってる。
玄関開けて、振り返っても彼の姿は見えない。二度寝してしまったんだろう。
ミルク味のパンを買って帰ろう、と思う。私の思うそれとは違うかもしれないけれど。でも繋がりたいから。同じものを食べたら、いつかおんなじになれるかもしれないと思うから。
部屋から出ると電車。
横で誰かが寝ていて、前で誰かがスマホ打っている。小竹向原、と電車が言う。
もう30度を越えたと言うのに社内は弱冷房で、脇の下がじっとり濡れている。
座席に座った誰もが寝ている。ベッドでは寝ない。自分の部屋で寝たはずなのに。
僕のHUAWEIから軽い音がしたので、Pinコードを打ってTwitterを見る。
「君って自分のディスコード持ってんの?」
「持ってないよ」
ゲーム好きのスコットが国境を超えて絡んでくる。
「じゃあさっきRTしたのは何」
「何でもいいじゃないか」
「そんなことよりゲームしないか? 楽しいからさ」
来月買うよ、と言ってアプリを閉じる。江戸川橋と電車が言う。
僕は電車によって揺れている。身体が動いている。でも窮屈だ。バックが膝に当たって痛い。見上げると苦しそうな顔の彫像があった。立っている人は全部彫像。座っている人は辛うじて、部屋で寝ない人。次は飯田橋。
ディスコードを開く。チャンネルを開き自分の部屋に入る。
僕の部屋で、誰かが僕の知らない予定を話していた。
「次はいつ会おうか」
「月曜日の夜、銀座とか」
「いいね。そこでミートアップをしよう。そのあと打ち上げだ」
僕はそれを眺める。スクロールしていく。履歴がたくさんある。僕はディスコードを閉じる。そしてRTする。僕の部屋をRTする。
『大丈夫ですか?』
OLの彫像が僕に話しかける。
『一緒に降りましょうか? 次の駅』
次は有楽町。
『すみません、大丈夫です』
ありがとうございます、僕は席を立って歩く彫像になる。OLはほっとした様子で座席に腰掛け、部屋で眠らない人。
電車のドアが開く。慣れない空気と匂いに包まれる。一週間ほど髭を剃っていない。
二〇二〇年。喉は乾ききっていた。戦いよりも、まず生ビールだった。
戦いが終わった涼しい店内で生を一気に流し込む。喉がしびれると同時に目の表面に水分が満たされ、涙のように目をうるわす。追い越せるという安堵感からなのだろうか、武蔵の脳裏には、すでに勝利後の妄想が広がっていた。そして、実際に武蔵の前をいくアイツの背中は武蔵に手が届くほど眼前にあった。
武蔵が荒い息をはくと同じように肩を上下させるアイツにだけ意識を向ければいいのではなかった。武蔵の背後には武蔵を追い越そうともくろむヤツもいた。武蔵がスピードをあげると、それを見計らったかのようにヤツもまたスピードをあげる。背後からの圧力。武蔵はそれを背中に強く感じる。
武蔵が力を入れた脚は弧を描くように空転する。上手く先へは進んでくれない。疲労である。そして、それはアイツとヤツも同じだった。
何故、戦うのだろうか。敵と味方、異星人と人間、怪獣と人類、そのような対立はどこから生まれるのだろうか。前を行く者と後に追う者、武蔵はなぜ、彼らと戦っているのだろうか。人間は本質的に戦わなければならないのだろうか。平和を語ることは本質を消し去ろうとする建前なのだろうか。映画。アニメ。ゲーム。実際の戦争はなくなっても、娯楽の中で絶えず戦いは繰り返されている。
「戦いは惰性で繰り返されるのさ」
(どこかで聞いたようなセリフだな。俺もまさに無意味な戦いをしている一人ではないか)
とりあえず生。
武蔵はそんな哲学を芳醇な泡で一掃した。自転車を漕ぎ出せば、反対のペダルは自動的に繰り出され、そのペダルを押し込めば、また、反対のペダルが繰り出される。武蔵の足はまさしくその繰り返しだった。これは反復運動であり、本質ではない。
目の前のアイツに意識を集中させる。アイツを追い越して戦いを終わらせる。武蔵個人にできることはそれだけであり、そこに血は一滴も流れない。
手を伸ばし、呼吸を合わせる。
アイツの肩をつかまえた瞬間だった。ふいに肩をつかまれた武蔵は振り返った。けれども、武蔵の背後には誰もいない。それでも肩の感触だけは生々しくある。そして、武蔵が前に向き直るとアイツも消えていた。武蔵の体幹を喪失感が貫く。アイツを追い抜くという闘志は消えたが、足だけは空転を続けていた。
七十五年目の夏、追うことも追われることも忘れた武蔵の頭上に空は蒼く、気温は四十度を越えた。
男がいた。あるとき男は妻を娶った。男は幸福の絶頂にあった。男は鬼の巣窟へと旅立つ決意を固めた。鬼の子の心臓を魔法使いの王に捧げて子を授かるためだった。男は住処である洞窟から抜け出し、鬼の棲む峡谷へと旅立った。
鬼と呼ばれた男がいた。鬼は妻と息子を失って孤独だった。次の妻を娶っても、臓物を撒き散らして凌辱された死体を、その慟哭を忘れることはできなかった。新しい妻にどんなに愛を囁かれても、婚姻は仇に報復する手段であるという声が頭を離れることはなかった。やがて鬼には住処である峡谷を抜け出し、悪魔の棲む洞窟へと旅立つときがやって来た。
鬼は憎しみを隠し冷静に行動した。じき悪魔の子を見つけた。その子供の顔を見ればその親が仇であるということは一目瞭然だった。子供には奪われた息子に似た特徴があった。鬼はこの子供の後をつけて住処を突き止めた。このとき憎しみはとても隠しきれるものではなかった。鬼は妻と子供を殺した。怒りに任せて死体をめちゃくちゃに損壊し、その顔を判別不能になるほど破壊した。二度と思い出せないように、記憶が塗り替わるように、誰の仕業であるか伝わるように。鬼は子供から心臓を抉り取って革袋に収めた。それから母子が交接しているような姿に固定して死者を冒涜した。
作業している間じゅうずっと、鬼は報復の喜びに恍惚としていた。けれど水を飲み下しても喉の奥にへばりついたうんざりするような憎しみは消えなかった。怒りは報復と罪とに塗り替えられただけだった。渇きは癒えなかった。何も変わらなかった。これからの帰路を考えると気が遠くなる思いだった。奪い取った心臓だけが太陽の光を浴びて輝きを放ち、鬼の手の内で強く逞しく脈動していた。
不幸になれ、不幸になれという声が聞こえたような気がして悪魔と呼ばれた男は目覚めた。悪魔は絶命している我が子と妻を発見した。二人は冒涜的な姿で拘束され、子供からは心臓が抉り取られていた。悪魔は魔法使いの王にそれを報告した。続けて、次の妻はもう目星を付けてあるが良いかと添えた。もちろん良いぞと王は答えた。悪魔は新たに妻を娶った。やがて悪魔には子供を授かるために旅立つときがやって来る。
昔あるところに魔法使いの治める国があった。その国では峡谷に棲む男は鬼と、洞窟に棲む男は悪魔と呼ぶ習わしがあった。だが姿形のよく似たこの二者を見分けることは誰にもできなかった。誰にも。
女は僕が帰ってくると、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも地球を破壊しますか? と質問する。それで僕がご飯にしますと言うと、女は不満そうな顔で、あなたが全部悪いんですからねと呟きながら地球を破壊した。僕と女が火星へ行くことになった経緯はそんなところなのだが、問題なのは、これから僕と女は火星でどう生きていけばいいのかということだった。そこで火星の人に相談したところ、地球出身なら小説で食べていけばいいとアドバイスをしてくれた。
火星では誰でも小説を書いており、地球とは逆に、大勢の人が書いた小説をごく少数の人が読むという、圧倒的な読者不足の状況だった。とにかく火星の人にとっての小説とは、読むものではなく書くものであり、他人の書いた小説には全く興味が無いのだ。そして火星の場合は、小説を書いた人ではなく読んだ人に報酬が支払われる仕組みになっていたため、小説を読むだけで生活費を稼ぐことが可能だった。長編なら月に五編、短編なら三十編も読めば一ヵ月分の生活費が得られるのだ。
小説を読む仕事をしていて気になったのは、その内容が、小説そのものについて書かれたものばかりだったこと。一番多いのは、小説を書いても誰も読んでくれないという火星小説の状況をひたすら嘆くものであり、読んでいると気が滅入ってくるし、そりゃ誰も読まないよなと思わせる内容だった。しかし中には、火星の現状を打破するために地球から読者を大量に移住させるといった比較的ポジティブなものもあったが、結局、火星の人自身が変わるという発想にはならないようだった。
僕は三十年間小説を読む仕事を続けた結果、ノーベル文学賞に相当する火星文学賞を貰った。火星では、地球とは逆に小説を読む人に文学賞が贈られるのである。もちろん、賞を貰ったこと自体は自分の仕事が認められたようで嬉しかったが、火星文学賞を貰った頃にはもう、火星に存在する読者は僕一人だけになっていた。僕は授賞式のスピーチで、小説は誰かが読まないと完成しないので皆さんも小説を読みましょうと訴えた。会場の拍手は鳴りやまなかったが、きっと誰の心にも僕の訴えは届いていないことが何となく分かったので、僕と女は次の日に火星を破壊し、また他の星へ行くことになった。
僕は今この一連の話を元に小説を書いているのだが、移住先の金星にはまだ小説が存在しないので、これが最初の金星小説になるだろう。