第191期 #5

電車にて

 部屋から出ると電車。

 横で誰かが寝ていて、前で誰かがスマホ打っている。小竹向原、と電車が言う。
 もう30度を越えたと言うのに社内は弱冷房で、脇の下がじっとり濡れている。

 座席に座った誰もが寝ている。ベッドでは寝ない。自分の部屋で寝たはずなのに。

 僕のHUAWEIから軽い音がしたので、Pinコードを打ってTwitterを見る。
「君って自分のディスコード持ってんの?」
「持ってないよ」
 ゲーム好きのスコットが国境を超えて絡んでくる。
「じゃあさっきRTしたのは何」
「何でもいいじゃないか」
「そんなことよりゲームしないか? 楽しいからさ」
 来月買うよ、と言ってアプリを閉じる。江戸川橋と電車が言う。

 僕は電車によって揺れている。身体が動いている。でも窮屈だ。バックが膝に当たって痛い。見上げると苦しそうな顔の彫像があった。立っている人は全部彫像。座っている人は辛うじて、部屋で寝ない人。次は飯田橋。

 ディスコードを開く。チャンネルを開き自分の部屋に入る。
 僕の部屋で、誰かが僕の知らない予定を話していた。
「次はいつ会おうか」
「月曜日の夜、銀座とか」
「いいね。そこでミートアップをしよう。そのあと打ち上げだ」
 僕はそれを眺める。スクロールしていく。履歴がたくさんある。僕はディスコードを閉じる。そしてRTする。僕の部屋をRTする。

『大丈夫ですか?』
 OLの彫像が僕に話しかける。
『一緒に降りましょうか? 次の駅』
 次は有楽町。
『すみません、大丈夫です』
 ありがとうございます、僕は席を立って歩く彫像になる。OLはほっとした様子で座席に腰掛け、部屋で眠らない人。
 電車のドアが開く。慣れない空気と匂いに包まれる。一週間ほど髭を剃っていない。



Copyright © 2018 ハギワラシンジ / 編集: 短編