第191期 #4

milk pan

「うわ、白。ミルクパンみたいな色」
急に彼がそんなことを言ったので、私は面食らってしまった。
彼は私の反応を気にする様子もなく、色気のない手つきで、私の二の腕を撫でる。 うっとおしい、まだねむい。思うけれど、満更でもないから咎められない。
「なに? 鍋の話?」
「違う違う。甘い味のパン」
「それ、ミルク味のパンじゃない」
かも? 煙草を吹かしながら、彼は笑む。寝煙草なんて、本当最低。全くいい加減な男だ。それで許されて来たんだろう、今まで。そして私も許してしまう、この男の全てを。
それからは無言の時間。私の心臓の音ばかりが響いている気がして恥ずかしい。
やめてよ。いつまで触ってんの。その言葉は声になることなく、彼の口唇に吸い込まれて行く。こんなこと、いつまで続けているんだろう。 私の時間と彼の時間は交わることなく進んでいく。
毎朝決まった時間に鳴り響く、アラームの音。
彼の温度が離れていく。
私は音を立てずに、そっとフローリングに足を踏み出す。時間を遅らせるみたいに。仕方なく歩んで行く。
おはようも、行ってきます、もない。約束のない私達。本能で身を寄せ合って、寒がってる。
玄関開けて、振り返っても彼の姿は見えない。二度寝してしまったんだろう。
ミルク味のパンを買って帰ろう、と思う。私の思うそれとは違うかもしれないけれど。でも繋がりたいから。同じものを食べたら、いつかおんなじになれるかもしれないと思うから。



Copyright © 2018 あお / 編集: 短編