第19期 #9

老婆の戯言

復讐や裏切りってのは、事実と真摯に向かい合えないヤツが陥る、いわば一種の逃避行動なわけだ。後悔や疑念を振り払おうと己を憎悪で塗りつぶし、そこに後からご大層な理由を付随して己に陶酔しているだけ。そうやって足掻けば足掻くほど、自分を追いこんでいるってことに気付けないのかねぇ。

ただ…さ。そこでしか生きれない輩も居るんだよ。
それを失うってことは、そいつがそこに居る存在理由そのものを奪い去ることに繋がるってことを忘れちゃならない。そいつは復讐の炎に身を焦がすことで、己の存在を必死に誇示しているんだ。

ん?そんなやつは捻くれ者で、愚かしくて、救いようが無い莫迦だって?
ああ、たしかにお前の言うことは正しいよ。何時だってお前の意見は正しい。だけどさ、よーく考えてごらんよ。その愚かな道はそいつ自身が選んだことなんだから、間違っていようが尊重されようが誰にも口を挟む権利なんかありゃしないと思わないかい?ましてや、そいつのことを何一つわかっていない、いや、わかろうと努力もしたこと無いくせに、そいつの全てを見透かしたような台詞を吐くことは侮辱に繋がるわけだ。
そう。誰にも理解されたくない。誰にも救えないってのが、そいつの言わんとしていることなんだから、卑下すること、異端視することが、そいつを癒す糧になるんだ。なんたってそいつは「罪は痛みで償える」なんて本気で考えているわけだからな。そいつが、失ったものは“後悔”なんて後ろ向きな感情じゃあ戻らないって事に気付くのは骸になった後のことなのさ。

これは全ての事象を理路整然と片付けられるあんたにゃ到底理解できない感情なんだよ。それを踏まえた上で発言して欲しい。あんたにとっては石ころみたいにちっぽけなものでも、そいつにとってはそれが全てなんだ。慈悲も哀れみも必要無いが、認めてやるぐらいはしても罰は当たんないんじゃないのかい?


Copyright © 2004 akoko / 編集: 短編