第19期 #19

バンダナ・シフト

「お待たせしました、オムハヤシとミックスサンドでございます」初老の男は二人の前に料理を置いた後、衝立の奥に消えた。
「また店長だよ、あたっ」立ち上がろうとした沢は、森に手の甲を抓られ、慌てて席に戻った。「痛いじゃないですか先輩」
「見苦しいぞ、沢」森はネクタイを直しながら、手拭を沢の席の前に置いた。「そんな下心見え見えなこと」

久々の買い物に出かけた森は、CD屋で後輩の沢と出会い、話の流れで彼の薦めるファミリーレストランで食事をすることになった。ウェイトレスの制服が可愛いとは沢の弁だが、彼らを待っていたのは店長らしき初老の男だった。高い衝立で覆われた、殆ど個室というべき場所に案内された二人の前に現れたのは、今のところその男だけだった。
「確かにいる筈なんだけどなあ」衝立に耳を張り付けた沢は、注文を取るウェイトレスの声を聞いた。「これは呼べば来るかな」
「店長が俺らをマークしていなければね」森は顔をしかめながら、付け合わせのピクルスを頬張った。
「そうだ、いい手を思い付いたぞ」沢は衝立から手を伸ばし、軽く振って見せた。暫くして先の店長が衝立の中に現れ、伝票を手に取った。
「はい、何でしょう」
「いえ、注文じゃなくて」沢は下腹を軽く押さえながら、店長を見上げた。「ただ、トイレはどこかなと思いまして」
「あちらでございます」店長は沢の背後から伸びる短い廊下を手で指し示した。

結局ウェイトレスを近くで見る機会の無いまま、二人はレジで支払いを済まし、店を後にした。
「最後まで店長がかかりきりなんて、何てついてない」リュックサックの肩紐を直しながら、沢は口を尖らせた。
「目をつけられてたんだよ」沢の頭を覆うバンダナを取り上げながら、森は応えた。「そんな目立つ格好でファミレスなんて、おかしいだろ」
「そうか、やっぱりスーツで行かないと駄目か…」
「それ以前の問題だろ」森は沢のトレーナーに顔を近づけ、わざとらしく鼻をつまんだ。「これに懲りたら、ウェイトレス目当てでファミレス行くなんて考えないことだな」
ぎゅう、という音が森の耳に飛び込んだのはその直後だった。
「食い意地が張ってるな、牛丼でも食いに行くか?」
「奢ってくれるんなら、いいですけど?」
「そうだな、やっぱりお前は牛丼って感じだものな」沢の手の中の財布を横目で見ながら、森は牛丼屋に続く裏道へと向かって行った。


Copyright © 2004 Nishino Tatami / 編集: 短編