第19期 #12

父親・失格

私は久しぶりに娘の部屋のドアを開けた。
ベットの毛布はくしゃりと丸まり、あの日のまま娘の形を作っている。
私が以前出入りしていた時にはなかったものが所狭しと並べられていた。
私はドアを力強く確実に閉める。階下から漂う線香の匂いが不快で。
それから、ゆっくりと学習机の椅子に腰掛けた。
目を閉じる。妻が亡くなってから、私は娘・・・有加と2人になった。
年頃の娘との接し方など男親の私にはわからず、気づけば仕事尽くめの日々を送っていた。
いつからだったろう、玄関で出迎える娘を見なくなったのは。
いつからだったろう、夕食の用意をしたままテーブルに突っ伏し眠る娘を見なくなったのは。
気づけば、有加と一日も顔を合わせていない毎日が当たり前になっていた。
有加はだんだんと無口になり、私を鬱陶しがるようになっていった。
それでも私は、母親がいないということで劣等感を感じないよう小遣いなどは不自由しないように頑張ってきた。
それが、サインだったと知らずに。
1ヶ月前だった。警察からの電話で有加が飛び降りたことを知ったのは。
現場は私の会社の屋上だった。
呆然としたまま慌ただしく葬儀は済み、私は1人で生活するようになっていた。

私は、娘の机の引出しをゆっくりと開けた。
煙草の箱が置いてあった。いつから吸っていたのか、私には知る術もない。
置かれたジッポーで火を点け、ゆっくりと吸い込む。
ふと、ジッポーに何かが貼ってあるのに気づいた。
それは、私と娘のプリクラだった。

前が見えない。
私は泣いていた。葬儀の時にも出なかった涙が、とめどもなく溢れた。
どうして気づいてやれなかったのだろう。
こんなことの為に、有加は生まれてきたのではない。
黒い荊が胸を締め付ける。
もう一度、深く深く煙を吸いこむ。
娘の煙草は、苦かった。


Copyright © 2004 綾村操 / 編集: 短編