第19期 #13

ふーとらるーの冒険

 らるーは、とても大きな生きもの。けれども時には小さくなることもある。夜明け前など大変小さくなることがある。それを捕まえようとすると、指を噛まれてしまう。らるーの友だちはふーという。ふーとらるーはとても仲がいい。でもたまに喧嘩する。らるーには長い首が二つと短い首が三つ、それぞれ四つの頭がある。らるーはそのうちのひとつを使ってふーと喧嘩する。囃し立てる頭もあれば黙って見ている首もある。喧嘩はいつもらるーが勝つ。ふーには頭も首もひとつしかないからだ。ふーはらるーが大好きだ。ふーはしばしばらるーの背中に乗る。らるーの背中は毛皮がふさふさして気持ちいい。
 二匹は静かな湖の辺で平和に暮らしていた。ある時、ふーが言った。
「らるーよ。大きならるーよ。時々はちっちゃくなる夜の生きものよ。ぼくには首がひとつしかない。なぜだろうか」
「ふーよ。らるーの友だちよ。その兄弟の全てをらるーに食べられた一人ぼっちの生きものよ。君の首とは何か」
「ぼくの首が右を向く時、そこに特徴的な意思の感触が伴う。その感触のある時、それに伴って動く首を、ぼくの首と呼ぼう」
「ふーよ。小枝を持って右に振りたまえ。小枝も小枝の先の虫も右を向くだろう。そこには特徴的な意思の感触が伴うだろう。君はそれを『ぼくの首』と呼びたまえ」
「でも、虫は飛んで行っちゃうよ」
「君が『ぼくの首よ飛ぶな』と念じても、その首が飛ぶことがある」
「らるーよ。新しい首を探す旅に出よう。その首は愛しのもの。ぼくの首の対になるもの。終にはぼくのものと呼ぶものだろう」
 ふーは熱心に説得したが、らるーは気乗り薄だった。日が暮れ、夜明け前になった。ふと、らるーがひどく小さくなっていた。ふーはさっと前足を伸ばしてらるーを捕まえた。すると指を噛まれた。
「ふーよ、君は旅に出たいのだろう」
 らるーはきいきい叫んだ。
「でも、今はちっちゃならるーよ。旅に出たとて、ぼくのもうひとつの首は必ず見つかるだろうか」
「ふーよ。首も小枝も小枝の先の虫も、意思によって動き、場合によって得失するものである。君は旅に出たまえ。君は新しい首を得るだろう。または、今までの首を失うだろう。そこには特徴的な意思の感触があるだろう」
 朝日が昇るにつれらるーは大きくなり、その声も太く自信に満ちたものになった。ふーはらるーの背中に飛び乗った。らるーは歩き出した。
 こうして、ふーとらるーの冒険は始まった。



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