第188期 #4

月光屋さんの紙弁当

 ブーは本の虫なので文字を食べるのだが、モニターに走る虚の文字しか摂ったことがなかった。しかし、それらの情報から紙の本というものの存在を知った。大昔は、字は紙に書かれていたのである。いちど紙の字を食べてみたいと、ブーは願った。

 東の方にある飛び地に、紙の本は残存しているらしい。ブーは静電気でぴりぴりするモニター画面を凝視して、走るデータを(食わずに)長い時間をかけて解析し、そのことを知った。月光屋という店に売っているらしい。

 四足歩行動物にまたがり、ブーは東に向かい旅に出た。月光屋に着くまで五箇月かかった。月光屋は飲食店なのだが、旅人のための弁当も売っていて、あらゆる種類の弁当が用意されていた。銀の弁当、銅の弁当、真鍮の弁当もあった。水の弁当、木の弁当、火の弁当もあった。

「紙の、本の弁当を下さい」とブーは注文した。月光屋の店員は、かしこまりました、と紙の本を弁当にしてくれた。
 紙の本をうっとりと眺めながら、ブーは呟いた。
「この、五音、七音、五音、で構成された文字列は何だろう」
「それは昔ほっく、と呼ばれたものだ」
店員は、ブーの質問に答えた。
「では、さらにこれに七音が二度繰り返される列は?」
「それは昔わか、と呼ばれたものだ」
店員は、ブーの質問に答えた。

 ブーは月光屋で買った弁当を包に入れて、四足歩行動物の背に乗り、帰途に就いた。
 夜が来たので、ブーは弁当を食べようと包みを開けた。しかし本はなかった。ブーの隙を見て、四足歩行動物が食べたらしい。
「なんてこった」
 四足歩行動物は、山羊と呼ばれることをブーは今はじめて知った。山羊の乳を搾って飲むと、さらに色々なことがわかった。改めて周囲の景色を見渡してみた。あの高い所は丘というのだ。丘陵の間に覗く、水の溜まっているくぼみは海というのだ。ああ、世界は煌びやかだと思った。意識が明晰になってゆく。脳裏にわいてくる言葉を、噛みしめるように読む。
 ブーは自分の名が無ではなく、舞であったことを知った。歓喜が、彼の心中を満たしていった。

 頭上では、弦月が煌々と照っている。



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