第187期 #7

巨大なおじさん

今日の昼ごろ、通っているヨガスタジオの先生と街で会って、「これから珈琲でも飲みませんか」と誘ってみると彼女は笑顔で応じてくれた。

出会ったから、声をかけて、ちょっとカフェへ。

考えてみると、とても自然であるし、私はこのときあまり何も考えていなかった。たとえばヨガの先生は私より10歳は年下で、独身である。彼女は少女のころはフィギュアスケートの選手であり、大学生からはジャズシンガーとしてアメリカにも勉強へ行った。美しく、頭がよく、なにより心がきれいである。

以前の私だったら、まず彼女の美貌にひるむであろう。つぎに、鬱屈し偏向した欲望でてらてらと鼻を赤めた挙句、奇妙で強引な誘いを試みたかもしれない。私は自分のことを知っている。私はそんな男だったのだ。

ヨガをはじめて変わったことは、ヨガスタジオには美しい女があふれるほどいるという衝撃な事実をしってそこに自分の生身を置いてみたことでどれほど「デジタル」の世界が矮小でつまらないものかを経験したことと、女たちは世のほとんどの男とちがってデジタルよりも生身を求めている。そういうことを体験して私は肉食系女子という単語の語源を知悉した。

私はただ珈琲を、世話になっている先生と飲みたかっただけだった。いつも前向きで身体から赤いオーラがでている先生と気を交わしたかったのである。

「昨日夢をみたのです。天井まで届くくらい巨大なおじさんのオブジェをかざっていて、そのことがすごく自慢なんです。その巨体なおじさんが実は…あなたなの」

私は彼女にひっぱられるように店をでて、昼間のホテル街へまさに「消えた」のだったが、これもいわゆる気の交換なのか、と思うと違和感はなかった。

ヨガの先生とは笑顔でわかれた。その帰り道に少年が地面を這いつくばって何かを探しまわっていたので、「手伝うよ」と声をかけて一緒に探した。彼のおとし物の消しゴムはみつからなかった。私は自分のホルン柄の消しゴムを彼にあげることにした。それは会社の同僚の女性が「よく消えるんです、あげます」とくれたのだ。

「僕もあげる」

そう言って少年は私に10円玉を2枚くれた。我々は何かを共有した気分になった。

私は帰宅して習慣となっている瞑想をしながら今日の1日をふりかえった。昨年、5年前、10年前と遡りながら、当時の自分、卑屈で、鬱屈して、エネルギーの循環が悪かったころの自分に声をかけた。昼に交換した先生の気が心地よい。



Copyright © 2018 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編