第187期 #6

思い出

ある日、妹の蜜子が智の前から姿を消した。
智は何故蜜子が消えてしまったのか思い出せなかったが、もう一度蜜子と会う為に、もう一度お兄ちゃんと呼んででもらう為に智は蜜子を探した。よく一緒に行った公園。よくおやつを買っていたドーナツ屋。通学していたのがつい最近の様に思える学校。思い出を辿り智は探し続けた。しかし、影すらも見えなかった。

次に智は蜜子との思い出を本にして世に出した。これならば蜜子の目に止まり探している事に気が付いてもらえると智は意気込んでいた。次の日の夜。智の前に蜜子が現れた。蜜子は「ただいま、お兄ちゃん」と照れくさそうに呟いた。セーラー服が初々しい蜜子。悟は涙を流し蜜子の手に触れた。しかし、その手は蜜子の手をすり抜けた。ハッと蜜子を見れば其処には誰も居らず、只一人男が立ち尽くすだけであった。

再び蜜子が現れたのは翌日の夜であった。悟は蜜子に問う。
「何故兄さんの元から去ったんだい?」
蜜子は悲しそうに眉を顰めてから弱々しく微笑んだ。
「兄さん思い出して。兄さんも見た筈よ。私白い綺麗な着物、着たのよ。」
「認めない。俺は認めない...戻ってきてくれ!蜜子。」
「兄さん、もうあの頃の私を忘れて下さい...。人は変わるものなのよ。」

いつの間にか眠っていた智は畳の痕を頬に残したまま押し入れを探った。蜜子と書かれたダンボールの中には蜜子が着ていたセーラー服と微笑む蜜子の写真が入っていた。
「蜜子は、蜜子は死んでしまったんだ...。」
智はセーラー服を抱え一日中泣いた。智は蜜子を愛していた。兄妹を超えた愛情を蜜子へ注いでいた。赤く泣き腫らした目を擦り準備を始めた。
「蜜子、今お兄ちゃんもそっちへ行くからね。」


蜜子は兄の葬式の為、実家へ帰省した。
「本当に俺が居て良いのか?」
「大丈夫よ。お兄ちゃん以外は皆賛成してくれてたんだから。今更お兄ちゃんがどう思ってても私達には分らないもの。」
親族に簡単な挨拶を済ませ棺の置かれた部屋へ行く。蜜子は夫のネクタイを正しながらチラリと横目で棺を見た。
「どうしてセーラー服なんか抱えて首を吊ったのかしらね。...死人に口無し。一緒に居る時ですら分からなかったのに死んだら尚更、貴方の事が分からなくなったわ。」
部屋を出る際、蜜子は智が書いた本を取り出した。偽りの思い出を書き連ねた日記。蜜子はその本とため息を棺の中へ入れた。



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