第186期 #8

日記的なこと

 バス停でバスを待っていた。粉雪が降りだした。東京は二月になると雪がとても降りやすいと思う。
 家に帰ってきて、さんまの開きを焼いた。冷凍の干物だ。ワンルームマンションで、一口コンロしかないから、フライパンで焼いた。焦げつかないアルミシートを敷いて焼く。ただ煙とにおいがすごい。でもグリルがなくっても魚は焼けるもんだ。あと路地物のちぢみほうれんそうでお浸し。生のトマトに塩。生卵に出汁と醤油かけただけ。白米のご飯。すばらしくない?
 食後に、最近知りあった女の子にLINEした。
 今度一緒に遊ぶことになった。
 簿記の試験を受けた時に声を掛けた人だ。三十代も半ばを過ぎて、何となく私は簿記でも受けようかと思ったのだけど、ちょうど同い年ぽい人が会場にいて、この人はなんでまた簿記なんか受けようと思ったのかなと思って、声を掛けた。
 理由はその場で訊いた。答えてくれた。初対面で答えてくれたのは、警戒心の薄い人、あるいは社交性が高い人なのか。
「資格ないと見くびられるから」
「会社で?」
「そう。新人の、勉強できます系の男の子とかに」
 ああ。
 なるほど。
 あれね。
「半可通ほど居丈高ってやつか。初学者の傲慢」
「そう。一知半解無知にも劣るを知らない人。自分しか見えていない視野の狭い人。すぐに理解してくれてありがとう」

 彼女は私よりも二つ年上だった。家に招待された。肉体関係にはならないという誓約書を、大笑いしながら書いた。
 私たちの世代は繊細か、臆病だったのかもしれない。例えば仕事の愚痴は決して社内には漏らさない。でも、ストレスは溜まるから、必ず定期的に社外の人間に吐きだす。
 つまり、私は、彼女の心を守る役割を与えられたわけだ。
 引き換えに私は、いい匂いのする彼女の家で食事をごちそうになる。
 さらに運が良ければの話だが、待遇が上がるかもしれなかった。(そしてそういう希望は、すぐに捨てておいたほうがいいことも私は経験上知っていた)。

 彼女の家には松ぼっくりがあった。
 背の低い本棚の上で、豆皿に飾られている。
「拾ってきたの。かわいくない?」
 最初、素朴さを演じているあざとさを感じたのだけれど、案外こんな何の役にも立たない自然から愛着を引きだす感受性が、会社ではしょっちゅう邪魔になるのかもしれないな思った。疲れるだろう。
「かわいいよ」
「松ぼっくりにも旬があるのかな。よく落ちてる時期みたいな」
「あると思うよ」



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