第186期 #3

ファンシー

放課後美苗はほぼ毎日ファンシーショップ『サニー』へ足を運んでいた。お目当てはファンシーグッズ、ではなく黒岩と云う店員である。『サニー』はどことなく寂れた雰囲気を出している。棚には薄らと埃を被ったぬいぐるみが陳列され、アクセサリー類は古めかしいデザインが多い。しかし、それなりに客は来るもんでレトロブームに乗る学生や純心な小学生が見受けられる。その客に混じり美苗は黒岩を観察していた。
黒岩は『サニー』を一人で経営している。無精髭に一つに束ねたボサボサの髪。服装はいつも萎れたワイシャツと丈の短い黒のスラックス。びっくりする程ファンシーじゃない。しかし、人は見た目で判断してはいけない。何を隠そう黒岩は中身がファンシーなのである。彼の特技は絵を描く事。それも砂糖で描かれたかの様に甘くキュートでファンシーな絵を描くのである。美苗はその絵に惚れた。レジで暇そうに絵を描く黒岩を盗み見したり、こっそりポップのイラストをカメラへ収めた。

ある日、美苗がポップにおすすめと書かれていた商品をレジへ持っていくと黒岩が居なかった。ベルを鳴らしても出てくる気配が無い。店内をザッと探してみても黒岩どころか他の客すら見当たらない。まさかと思い窓越しに看板を確認するとopenの文字が光っている。美苗は閃いた。もしかしたらこれは、神様がくれたチャンスなのでは?と。レジ横の机には遠目からでも分かる程暇そうにしていた黒岩の落書きが置いてある。美苗は落書きを盗み逃げた。悪い事だと自覚している。監視カメラで撮られていたかもしれないし、もうあの店には行けないのも分かっている。しかし、本物を手に入れた代償だと思えば軽い物だった。
肩で息をしながら帰宅し急いで自室へ入る。折れないように下敷きで挟んだ落書きを見て美苗は目を丸くした。紙にはいつも通りの甘いタッチでいつも通りでない絵が描かれていた。甘いタッチで描かれた美苗の似顔絵...。女の子のイラストは珍しくはない。しかし、美苗の似顔絵はいつもの女の子よりも写実的で繊細であった。美苗は急に恥ずかしくなり落書きを押さえる様に下敷きで隠した。鼓動で体が揺れる。嬉しさと罪悪感と羞恥心がドロドロと混ざり思考能力を奪った。放心した美苗を現実へ戻したのは、けたたましい呼び鈴の音であった。
数日後、美苗は『サマー』でバイトを始める事になるがそれはまた別のお話。



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