第185期 #9

Gustave

 人が死ぬために入る山があった。山あいの暗い谷には死体を糧としている集落があった。集落には父があり、母と娘は父と兄達の子を産んだ。そうして一族は血を濃くしながら増えていった。霧の吹き溜る朝、一族は山狩りに出る。そこで一族は死体の持ち物を手に入れる。一族にとって死体とは財であり知であり勲章でもあった。
 その集落の外れに四人の兄弟が暮らしていた。あるとき父はこの兄弟に独立して村を作れと言い渡し、松明を数本持たせた。先頭に立ったのは狗だった。頭骨が歪んで目と鼻が縦に伸びているせいで鼻が利くという印象を与えていたが実際はそんなことはなかった。その後ろに鱗のような皮膚を持つ名の無い巨躯が蛙を背負っていた。蛙は足を力なくぶらつかせ短い腕で巨躯の首にしがみつき呪詛を吐き続けている。濁った白い目を持つ猿が白内障の老犬たちを引き連れてその後に続いた。
 一行は雪の残る霧深い森の中を進んだ。狗が導く形になっていたが、その視界には片時も消えることなく黒い影が寄り添うようにして共にあった。人のような突起物であるそれを狗は弟だと確信していた。弟は狗に行く先を示していた。森の中に雪解けの音がひそひそとさざめいていた。
 夜、焚き火の炎の揺れる中で松明の意味について蛙が疑問をこぼした。夜も寝ずに進めということだ、猿はそう返した。村の方角でかがり火が小さくゆらめいていた。村からもこの焚き火が見えているはずだった。
 狗は霧の中に死体を見つけた。さすが狗だと蛙が褒めた。狗は弟をかえりみたが影は影のまま佇んでいた。幹に縄をかけて首を吊り、祈るような姿のまま萎びたその死体は女のものだった。死体に張り付いた無数の蝶が呼吸するように羽を揺らしていた。蛙は死体を次の村の標にしようと提案した。反対はなかった。巨躯が死体を抱えると蝶が一斉に舞い飛んだ。
 彼らは川に差し掛かった。向こう岸は霧で霞んでいた。彼らは川のほとりで箱に入った死体を見つけた。死体はまだ新しく、手足と首は落とされ、ナイフと鋸が同梱されていた。彼らはそこで火を熾し、死体から少しずつ肉を削いで焼いて食べながら今後について話し合った。ここでいいだろうと猿は言った。女がいなければ村を作れないと蛙が返した。巨躯はナイフに触れてはじめて自我を持ち、自らを鰐と名付けた。女がいるところが一つだけある。狗がそう告げた。暗闇の中に無数に浮かぶ犬たちの白い瞳がまたたいた。



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