第184期 #2
夫は仕事中心の人間で、結婚に際して私は良家の娘ということのほかには何も求められなかった。私が子供ができない身体だとわかるまでは、決まった頻度で性交も行った。月経周期を聞いてくることはなかったが、ある程度妊娠しそうな日にあたりをつけて私を性交に誘っているらしかった。私をその気にさせるよう時に下手に、時に高圧的に甲斐甲斐しく動く夫に当初はいじらしさも感じたが、射精前射精中射精後も全く変わらない彼の澄んだ目を偶然見たときに恐ろしくなり、時を同じくして私の不妊がわかったので、電源を落とすように性交はそれ以来しなくなった。
彼は会社では子供がいないことを隠さず、そのことにより少しの憂いと同情とを周囲に感じさせることに成功したらしかった。彼は順調に出世し、金はどんどん貯まり、それを私は無駄に使った。彼は常にお金を使うことに自覚的であり、無駄金もまたいつか別の意味で報いてくれることをよく知っていたため、私のどんな無茶にも金を払った。私は豆腐を噛むような気持ちで金を使い、次第にそれに疲れた。
そして私は時間を無駄に使うことにした。具体的に言うとネットゲームだった。剣と魔法の世界で私は回復系の魔法使いだった。キャラ設定はできるものできないもの含めて年齢も何もかも実際の自分と違うものにした。ただ不妊であるということだけは(ゲーム上設定はできなかったが)自分と同じにしていた。
意識的にのめり込んだつもりが、自分の想像よりゲーム時間が長い日が多く、程なくゲームは私の生活のほぼすべてとなった。夫は私が家事をしなくなっても何も言わず、決まった時間に何かしらの手料理を机まで持ってきた。私はそれを適当に食べ散らかし、ゲーム上ではパーティーのどんな小さな異変にも細やかに対応した。
ある戦士とゲーム上で長い時間過ごすようになり、恋愛感情が芽生えた。チャット上でキャラ同士をセックスさせる運びになり、私は「ゴムつけなくていいよ、妊娠しないから」と発言してしまった。戦士は即座にログオフをし、私の分身とチャットログだけが残された。
ディスプレイが消え、画面にうつろな私とその後ろにコンセントを持った夫の姿が映った。もう片方の手には彼が作ったスープがあった。私はものすごい勢いでスープに飛びつき、舌をやけどした。久しぶりに見る夫の目は目やにがたまってざらついていて、濁っていたが暖かかった。