第184期 #1

小野くんは芥川賞をとる

何をしても空気のような存在だった小野くんが、ある日話題の人物になった。
ウチの高校は、部活動が総じて弱小で活気がない。だから集会の表彰で「文芸部の小野くん」が呼ばれたとき、鼻で笑うような、そんな空気がした。
あの人、文芸部だったんだ?ていうか文芸部なんてあったっけ?
どこからともなく聞こえてくる声。
「小野くんは、全国高校生文芸大賞で最優秀賞を受賞しました」
司会の先生がそう言った瞬間、体育館にいる全員が彼の後ろ姿を見上げた。何かの効果音でも付きそうなほど、一斉に。
サイズの合わないブレザーのせいで足が短く見える、いつもの小野くん。だけどこの時は、崇高な文学少年のような雰囲気さえ醸し出している、ような気がした。
集会が終わってからも、みんながチラチラと彼を見て、小声で彼の話をした。尊敬と嫉妬と嘲笑が入り乱れて、行き場のない気持ちを弄んでいた。
「凄いねえ、小野くん。そんな才能があるなんて羨ましいなー」
休み時間、友達のミカコが素直な感想を述べると、ユナは巻いた茶髪をいじりながら冷たく返した。
「そう?それより友達つくった方がいいんじゃない?あの人」
「えー、確かに話しかけづらいけど、個性的じゃん。ね、リサ」
二人の視線が私に向けられる。なんか、息苦しい。
「本人がいいなら、いいんじゃない?」
そうだけど、とユナが刺々しく呟いた。
彼女にとっては、交友関係が広くてインスタのフォロワーが千人超えで彼氏が途切れないことがステータスなのだから、仕方がない。小野くんの高校生活は、孤独で虚しい人生の序章ぐらいにしか思えないのだろう。
「だってなんか、なんかさあ……」
その刺々しい口調が崩れ始める。
「あのメガネくんが、この学校で一番凄い功績残しちゃったんだよ。まじ笑うわ……」
彼女はそう言って、視線を窓の外にやった。
小野くんは昼休みになると教室からいなくなる。図書室かな、と初めて気づいた。
「その気持ちもわかるけどね」
ミカコが言うと、ユナは恨めしそうに睨んでから、小さく溜息をついた。
「あーもう、ウチらなんでこんな真剣に小野くんの話なんかしてんだろーね」
彼女は投げやりに自嘲して、自分の席に戻ってしまった。
その日のホームルームで、担任が「次の目標は?」と訊ねると、小野くんはか細い声で「芥川賞」と答えた。
それから彼のあだ名は「芥川くん」になったけど、私はそういう風には呼べなかった。小野くんはいつか、芥川賞をとるのだと思う。



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