第184期 #11
そこは森であり、木が生えている。わたしは持ってきた道具を地の上に置き、仕事を始める。
桶に入れた水で布を絞り、樹皮を拭う。なるべく軽く撫でるように。表面の毛羽立ちを軽く払いながら。
樹皮を剥ぐには、丁寧に刃を研いだナイフが必要だ。厳密に樹皮の流れを読みとり、逆らわないように刃を入れる。そうして、引く。少しの躊躇もあってはならない。
ヒトの悲鳴のような音が聞こえるが、それに耳をとめてはいけない。
剥いだ樹皮は、そのままの形で食べることもできる。かなり硬いので、歯が欠けないように注意をしなければならないが、その香ばしさは格別だ。
その場で樹皮を食べた者は、多大な知恵を一挙に手に入れることができる。樹皮には毒があるので、食べ終えたあとは高熱と吐き気に一か月は苦しむことになり、大半の者は死んでしまうが、生き延びることができれば、知恵者と称されることになる。
それ以外のほとんどの樹皮は、村人の家へと持ち帰り、大釜にいっぱいの湯で煮つめる。何度も湯を替えて毒を煮出し、柔らかくなった樹皮を小さく刻み、佃煮にして食べる。毒と一緒に知恵も抽出されてしまうので、残された知恵はほんのわずかだ。けれども、それを食べることによって、ヒトはひとかどの知恵をつけ、年を重ねていくことができる。
樹皮のもつ毒は軽いものではないので、どんなに用心していても死に至ることがある。亡骸は容易に葬ってはいけない。遺骸自体が毒をもっているので。村人たちは清潔な布で遺骸をくるみ、森へと運び、埋める。そうして、ヒトとして生き長らえることのできなかったものは木となる。体内に知恵を宿して成長し、遅れて生まれてくる者たちへ、その知恵を引き渡すイキモノとなる。
わたしはこの森の世話をする者。森いっぱいに広がる木の成長をひとつひとつ見届け、時が来るたびにその樹皮を剥ぐ者。
村から離れたところに住まわされ、けれども、実質、村を統べる者。
知恵者と、ヒトからは呼ばれている。次の知恵者が生まれるまで、森を見守り続ける。