第183期 #9
窓から眺める雪は、随分と温かかつた。じんわりとしていて、綿のような。思わず見とれていた。
「ねぇ、ちょっと。話聞いてる?」
袖を引かれて、窓から視線をそちらに向けると、そこには頬を膨らませた友人がいた。
「はいはい、聞いてるよ」
私は苦笑する。彼女が「また話を聞いてない」という顔をしていたからだ。小学生の頃からの付き合いの彼女に『よく』と言われるのだからどうやら私は本当によく呆けているようだ。
「何見てたの?外?……、あぁ、もう雪の季節だもんね」
「今年初めてじゃない?」
「そうなの?『じゃない?』って訊かれても、私に聞くのは間違いだと思うんだけど」
彼女は、肩をすくめて腕をひらひらとさせた。その腕には幾本もの細長いチューブが繋がれている。
「ごめん。そんな気はなかったんだよ」
私は笑った。そして、不機嫌そうにする彼女の細い指先に指を絡める。
あまりにひらひら動かすもので、点滴が音を立て始めたからだ。
彼女は去年、病に倒れた。
原因は分からなかった。いわゆる、不治の病というものだ。延命治療を施されるだけで、これといった対処法がないらしい。
「ねぇ、そういえば今年のクリスマスは予定ある?」
唐突に訊かれて、きょとんとしたまま「ないよ」と答えると、彼女はにこりと微笑んで「そう」と頷いた。
「何かあるの?」
「んーん。別に〜」
それだけで、話は終わった。
後を、訊けばよかったのに。
「クリスマス、一緒に過ごさない?」と訊けばよかったのに。
私は何も訊かなかった。まだ、彼女に『先』があると思っていた自分自身を愚かだと罵ってやりたい。
クリスマス当日。彼女は亡くなった。
後々病室の整理時に出てきた彼女の荷物の中に、メッセージカードがあった。
私はそれを読んで、泣いた。泣き喚いた。
彼女が自分が永くないことを知っていたこと。それを私に伝えなかったこと。本当はクリスマスを一緒に過ごしたいといいたかったこと。でも、それを約束してしまっても、果たせないことも知っていたこと。
なんで言ってくれなかったのか。分かっていた。私が悲しむ顔は見たくなかったのだろう。最期の時まで「また明日」を聞きたかったのだろう。
ずるい、彼女はずるい。一方的にお別れを言って去るなんて。
メッセージカードの端を見て、また、涙がこぼれる。
『ごめんね、そんな気はなかったの』
雪が降っていた。あの時とは逆で、冷たくしっとりとした雪が。