第183期 #3

落ちようと思って

ベットに横たわった肢体が、激しく震えた。
「どうだった?」
「まずまずってとこかな」
私はベッドから降りてズボンを履いた。
皺のついたシャツを無駄だと知りながら裾をつかんで、少し伸ばしてみた。
「だめだ、アイロンなかったっけ?」
「いや、ないね」
「そっか」
未だベットに横たわっている彼女を横目で見遣る。
乱れた髪を直そうともせず、ただぼんやりとした目つきで、天井を見上げていた。
「どうしたの?」
「余韻を味わってるの」
「ごめんね、まずまずで」
その言葉で彼女はふっと上半身を持ち上げて、私の眼を見ていった。
「君のせいじゃないよ」
「じゃあ君のせい?」
「私のせいでもない」
彼女はまたベットに倒れこんだ。
「ふーん」
私は気のない返事をした。
時計は22時10分を指していた。
タンスを開けて手ごろなジャケットをつかみだした。
「これ、着てってもいい?」
「いいよ」
彼女は一瞥もせずに言った。
私はその紺色のジャケットを羽織って、大きく伸びをした。
外はまだ雨が降っていた。
後ろ手でドアを閉めて、マンションの廊下を足早に歩いた。
ビニール傘の重みが不快でたまらなかった。
ふと立ちどまりたくなって、階段の前あたりで足を止めた。
柵の向こうに顔をのぞかせて下を見てみた。
黒々としたアスファルトが雨に打たれ、街灯の明かりを映していた。
遠くでは煌々と灯った赤いランプの群れが工場の煙を彩っている。
私は身を乗り出して、柵にしな垂れかかるようにして落ちた。
吐き気のするような、あの煙の臭いを嗅いだ気がした。

ただ、衝撃だけを感じた。



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