第182期 #4
少しの休憩のつもりだった。
パーキングエリアに車を止めて、
紙コップのドリップコーヒーを買う。
読みかけの小説を開くと、
止まらなくなり、
喧騒が消失する。
ドンッ
意識が小説から引き剥がされたとき、
目に映ったのは、
紙コップが倒れる、スローモーション。
ほとんど口をつけていないコーヒーが、
テーブルに置いていた携帯電話
さらには、私のシャツとズボンを、濡らした。
白髪を後ろに引っ詰めた、痩身の老婆が、
隣に座ろうとして、こちらのテーブルに
腰をぶつけたのだ。
私は、
慌てて立ち上がり、
携帯電話をケースから外し、
拭う。
幸い、動作に支障はない。
シャツとズボンをティッシュで
拭きながら、
周りをみると、
老婆は、
俯き、
テーブルと椅子を拭きながら
「どうしたことかしら」
とつぶやいている。
家族ときたらしい
孫と思しき二人の子どもと
その母親は、
何も起こっていないかのように、
隣に座り、談笑を続ける。
私は、その場にいたたまれなくなり、
逃げ出すように、車へ戻った。
謝罪の言葉はなかった。
怒るべきところなのだろうか?
なんと言えばよかったのだろう?
老婆が故意でないのは、わかっている。
家族は何故無視をしたのだろうか。
あの場で、もし私が先に、
「大丈夫ですか?」
と声をかけていれば、
もしかしたら、老婆は素直に、
謝ってくれたかもしれない。
ただ、それができなかった。
ただ、私は、逃げ出した。
高速道路の、
流れる緑の山々を
眺めながら、
ふと、
「人生は悲劇に満ちている」
という言葉が浮かび、
頭の中で、こだました