第182期 #11

新世界

 組織に追われている私を助ける為に三人の女性が手を貸した。ひとりは森三中村上似で、あとのふたりの顔も覚えてはいるが、説明する途端、曖昧になる経験は誰もが持っているはずだ。
 両親が出かけたあと、着替えとスマホを持って、それから、充電器も必要だと思い、机の上、諸々をどう詰め込むのかで戸惑っている最中に、通信手段に一番足がつきやすい、というか、盗聴されていることなど考えもしなかった。
 ワゴン車に乗って、これでもうすべてがサヨナラって、心の中でつぶやいて、三人の女性に安心感を覚えて、緊張のせいか色々と話した中、三人の女性も私と似た経緯を持ち、今は追われる身だと知って、他にも仲間がいるんだと、そんな会話をしていると、両親さよならの悲しみというものも薄くなっていった。
 数時間走って、アジトについて、そこから何件かのアジトをはしごして幾日、何県何市なのかはどうでも良くなった昼間、今のアジトの窓から外を眺めていると郵便配達員がきた。私は組織の人間だと思い身構えたけど、武器を持ってなかったので目の前の鉛筆を強くつかんだ体勢。仲間のひとりが対応に出て、郵便配達員はそのまま上がり込んでくる。郵便配達員、彼もまた、組織に追われる身であり、アジト間の情報屋をしているのだと知った。
 もっとさびしい逃亡生活だと思っていたけど、行く先、行く先に仲間がいて、逃亡前より人との繋がりは濃くなっていく。
 総人口からしたら私のような立場の人間は少数なのだろう。ただ、その実感はない。関わる人間すべてが追われる身。だから、追われる者同士が繋がり、必然的に一般人と関わり合わなくなっていくことに、世界は本当は追われる者しかいないのではないのか、そんな気さえする。
 それから、常滑に移動になって、常滑のアジトのその人が妙に懐かしくなった。でも、常滑は初めてだし、そこにいる仲間とも初対面になる。この懐かしさは逃亡前の記憶からくるのであろうか。
「命だけは大丈夫だから」
 ふと、両親の顔は忘れまい、そんな気概。つぶやき。無くした充電器と充電の切れたスマホ。他に連絡手段も浮かばないまま、切羽詰まった感情も希薄になっていった。
 この世界で生きていくのも悪くはない。仲間がいるし。逃亡前が良かったとか、そんなことではなく、目をつむり、逃亡前を想うときもある。今を今として生きていく。新世界。スマホを捨てて明日を拾う。



Copyright © 2017 岩西 健治 / 編集: 短編