第18期 #8

電車に揺られながら流れていく景色を何の感想もなく眺めていた。
不意に三つ編みの髪を引っ張られる。振り向くとアメリカ人の兵隊がニヤニヤ笑っている。「さわらないでよ。」そう言ってにらみつける。大仰に肩をすくめるのを横目で見ながら電車を降りる。どうしてあの人種はあんな嫌な笑い方ができるんだろう。
駅からまっすぐ続く商店街は、暮れていく色に染まっていた。家路を急ぐ。
「おねえちゃん!」
少年が一人、私に駆け寄ってくる。
「おねえちゃんち、今日も白いご飯だよ。いいなあ。僕も白いご飯食べたいよ。」
「きよちゃんちは兄弟いっぱいいるからね。うちはお母さんとお父さんと私しかいないから。」
そういうと急に少年の顔から表情がすっかり消える。その瞳もただ黒いだけの穴になる。
「うん、そうだね。」彼は踵を返すと再び子供たちの輪の中へ戻っていく。その背中にははっきりと『失望』という字が書いてある。失望くらいなら私だって捨てるほど持ってる。
西日の重さに耐えかねるようにそのアパートはやっと建っている。一階から子供の泣く声が聞こえる。
「だからコッペパンを買えと言ったろう。おでんなんかじゃ、おなかは膨れないんだよ!せっかく十円やったってのに、おまえにはもうやらないからね!」泣き声はもっと高くなる。
私は静かに二階への階段を登り、自分の家のドアに手をかける。
何かが倒れるような大きな音がする。そして母が怒鳴る。
「おうおう、やれってんだ。え!酒飲まなきゃなんにもできやしないくせに!ほうら、やれやれ!この意気地なしが!」また何かが割れる音がする。四畳半一間の狭い部屋で父が酔って暴れている。母がまた怒鳴る。私はドアの外にいる。私はドアの外にいる。



Copyright © 2004 長月夕子 / 編集: 短編