第18期 #21
山道を上り詰めた石は、林の中の小さな集落を見つけた。
「一、あんな所に村があるぞ」
「そんな馬鹿な」一は地図を取り出し、峠からの風景と見比べた。「村まであと10キロぐらいある筈だぞ」
「近道を通ったからかもな」一の肩を軽く叩いた石は、林への道を小走りで降り始めた。「行くぞ一、村に行けば温泉も」
「気を付けろよ兄貴、地面がぬかって、っと」下り坂で足を滑らせた一は、近くの木の幹に捕まり、体勢を整えた。
十数分程して、二人は集落に辿り着いた。
「それにしても、人っ気の無い村だよな」大通りに出た石は、灰色の石で出来た建物の列を見回した。「壁も屋根も色が無くて」
「廃墟か何かじゃないの?」
「廃墟って事は無いだろ」建物の一つに入った石は、石で出来た卓袱台の前に胡座をかいた。「面白いな、テレビや冷蔵庫まで石で出来てるぞ」
「扉が無いからって勝手に入るなよ」窓らしき四角い穴から中を覗いた一は、石の床に畳を模した模様が彫られているのに気付いた。「でも良く作りこんでるな、これ」
「ここでキャンプするのも悪くないよな」石は立ち上がり、窓越しの一に向き直った。「テントを張る手間も省けるし」
「俺は嫌だな、何か落ち着かなくて」
「まあお前の好きな温泉も無いしな」
「そういう訳では…ん?」人の気配を感じた一は、ふと通りの側を向いた。一が見たものは、黒ずくめの少女が斜向かいの建物から出るところだった。
「こんにちは」少女は歩きながら、一に向かって軽く挨拶をした。
「あ、こんにちは」一も挨拶を返しながら、少しだけ少女の方へ歩み寄った。「ここは不思議な場所ですね、こんな建物が沢山あるのに、人気が全く無いなんて」
「ここはご先祖様のための村ですから」足を止めた少女は帽子を直しながら、一の方へ向き直った。「今日は祖父の3回忌なので、父とお参りに来たんです」
「ということは、ここはお墓ですか?」
「別荘ですね、ご先祖様の。お盆には親戚がここに集まって、ご先祖様と一緒に過ごすのです」
「面白い風習ですね」
「あっ、お父さんだわ」少女は通りに入るサイドカーに向けて手を振った。「では私はこの辺で」
「さようなら…っと」悲鳴と共に建物から飛び出した石に、一は冷たい視線を浴びせた。「兄貴、何慌ててんだ?」
「一、逃げるぞ!お化けが出る!」
「只の墓参りだよ、あれは」一はサイドカーに乗りこむ少女を指差しながら応えた。「行こう兄貴、寝袋より温泉の方がいいだろ?」