第178期 #3

緊急事態と私

 やはりというか、その日も青空で夏休み、ひざ上5センチスカート丈の私は、高校にいた。誰もいないので廊下にルの字で座って手を伸ばしたその先には赤いボタンがあって、ボタンを取り囲む赤鉄の物体には火災報知器と書いてあった。じりじりと暑くて、でも内またはひんやりとしていて、頭は妙にさえていて、今ならな、ツインテールなんてばかげた髪型もできるかもなんて思っていた。
 女子高校生がなぜ補習でもないのに高校の廊下に座っているのか、恋する乙女か自殺願望か、たぶんそんなところだと思うけれど、私はもうなんか、暑いなー、暑いなーってそれだけで、わざわざ制服にまで着替えて、高校の廊下にぺたんと座っている。当然というか、セミが鳴いているが、私の高校は校庭がとても広く、その周り木、木、木、なので、普通に友達と高校で話しているときでも、耳をかすめる遠くで鳴くセミの声が、私を一人にすることがある。
 「何してんだお前」
 私は振り向かない。なぜって誰にも呼ばれてないから。何してんだお前、なんて呼ぶ人はもうここにはいないから。とっても悲しいことが起きたから。それは人が死ぬとかそういうたぐいのことだから。でもやっぱり暑さのせいにして、私はかぶりを振って右手を冷やす。火災報知器と書かれた、鉄製の箱にぴったり肘から先をつけて冷やして、理想の彼氏を勝手に頭の中で作って殺してもなんも悲しくないなーと思った。
 だから勢いよくボタンを押した。プラスチックを割って中の丸いばねをぐりぐりと押し込んだ。じりりりり、じゃないんだな、空気の濃度が濃いからなんだ、かんかんかんかん、くゎんくゎんくゎんくゎん、音が鳴った。一瞬ドキッとしたけど、そのくゎんくゎんは妙に私を落ち着かせた。
 「何してんだよ」
 げげー、これは本当に呼ばれたのだっ。振り返ると心底迷惑そうな顔して35歳の担任が近づいてくる。うっわやっばい逃げなきゃ。ルの字で座ってたとこから見られてたならやばすぎる。そこまで見てて声かけないこいつが変態すぎる。スーッと汗が引いて、あ、涼しい。
 逃げる私の右手をつかまれた。「つめたっ」手を放してくれた隙に全力で逃げた。なんだろう、もぞっとした手の感触だった。そして妙にねっとりしていた。気持ち悪かった。こういったもぞもぞから逃げ出すために明日から、いや今日から、私は、女子高生ちゃんとしよう。コンビニでハロハロ食べよう。



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