第177期 #3

一揆

 「そろそろやるか」つぶやくと田吾作は鍬を片手に立ち上がった。集約農業だトラクターだ、減反政策だ農業協同組合だいっても、結局俺たちの行き着くところは暴力だ。記録によると最後の農民蜂起が地租改正一揆であり、約百年前のころだった。社会科の時間に習ったが、それより曾祖父に聞いた話がリアルだった。怒ると手が付けられないのが俺たちだということを思い知らせてやる。
 農薬の値段の話が聞こえてきてから雲行きの怪しさを感じていた。食い扶持を減らすために里を離れたサラリーマン連中が幅を利かし、先祖代々の土地とその作物をないがしろにする議員どもが俺たちの当然の権利をはく奪しようとする。根無し草どもが浮足立って空中に土地を買って粋がる。パン食で頭の中もスカスカになって大切なことは何も考えられない芳醇な連中がもうすぐ触れてはいけないところに触れてくる。キレる若者、無気力な若者、暴走老人、不倫中年、淫乱熟女、馬鹿どもが跋扈しやがる。
 その間も俺たちは土を相手に汗を流してきた。毎年毎年耕し、水を張り、田植えをし、収穫し、脱穀する。弥生時代から続いている俺たちの生活に競争を持ち込むことがナンセンスなことくらいわかってもいいはずだ。
 「いよいよか」仲間には全く迷いがない。迷う暇があれば農民は鍬を打ち込む。
 「ああ」日に焼けて脂ぎった俺の顔。怒り一直線。

 インターネットは一揆募集にうってつけかに見えたが、IPアドレスなどから匿名性には難がある。しかも血の臭いがしない。傘血判状で集う。どこに? 国会議事堂などには足を向けない。そこには俺たちのコメはない。地租改正されて税を金で納めるようになったが、金さえそこには蓄えられていない。いるのは耕すのを放棄した首からタオルでなくネクタイを垂らした連中だけだ。
 武装蜂起だ、なんだじゃない。ふざけろ、お前ら。鍬で銀行の、貸コンテナの、スーパーの倉庫の、扉をたたく。車も使わない。バイクも使わない。徒歩でにじり寄り、上から下に振り下ろす。束。人の束。それぞれに鍬。振り上げて、振り下ろす。
 おい、米食うだろう、お前もコメを、食っているだろう。ならしっかりしろ。この鍬は何かを壊すためにあるのではない。耕すために、あるのだ。



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