第177期 #1
左腕を痛めた。何をやるにも痛みが伴って辛い。右利きなので元もとそんなに使う腕ではない。痛みをなくすために切り離した。左半身が軽くなった。
右脚を痛めた。歩いてもしゃがんでも少し動かすだけでも痛い。利き脚は左なので元もと邪魔な脚だった。痛みをなくすために切り離した。右半身が軽くなった。
腹を痛めた。座っていても立ち上がっても身体をよじるだけでも痛い。元もと必要ではない臓器があるのが悪い。痛みをなくすためにえぐり取った。上半身が軽くなった。
右眼を痛めた。ほとんど見えなくなったうえに眼を閉じても開いても痛い。元もと強度近視で見えるものは限られていた。痛みをなくすためにえぐり取った。頭部が軽くなった。
身軽になった私は、残った身体で街を這いずり回る。行き交う人が声をかけてくれる。ある人は励ましの声を。ある人は蔑みの声を。どんな言葉も今の私には届かない。今の私は軽いのだ。空だって飛べそうに思えるのだ。
横断歩道を這うようにして渡っていると、信号が赤に変わった。前方を確認せずに急発進した自動車に追突され、私の身体は軽く宙を舞った。
ほら、もう飛べる。
片眼で見る世界は美しかった。私は片手で大気をかき、片脚で宙を歩いた。開いた腹から私の内部が散って舞う。さながら春を告げる桜の花びらのように。
さよなら、重かった頃の私。重苦しかった世界。私はここから飛び立って、浮き立つように空へと向かっていく。さよなら。さよなら。
ばらばらになった私の身体が地面に散らばって落ちていく。すぐに掃除屋がやってきて、私の欠片を箒で掃いてまとめた。私だったものは小さな塊になって、片眼で私を見上げ、にこりと笑う。
さよなら。さよなら。要らなくなった私。地に残った半身が勝ち誇ったように別れを告げる。
途端に気づいた。私は居てよかったのだ。これからもあそこで生きていくのだ。そして私は私でないものになり、上昇気流に乗せられて連れて行かれる。遠くへ、遠くへ。