第176期 #9

つながり

ヤスシから引越しを手伝って欲しいと電話があったのは、つい数時間前の話だ。こっちの予定も関係なく呼び出してくるのは今に始まったことではない。
「2ヵ月ぶり」頭にタオルを巻いているヤスシに向かってそう言うと、「おっせーよ」と怒られた。
「だったら、事前に連絡寄越せよ」俺は首にタオルを巻きながらそう返す。
中から運び出される家具類を見ながら、あれ俺が買ったやつ、なんて思ってしまう。

俺も3年ほど前までこの部屋に住んでいた。ヤスシとは大学からのルームメイトで就職しても一緒に住んでいた。
結構長く一緒にいたはずなのに、その酒癖に気が付いたのは社会人になってからだった。大学時代は概ね一緒に飲みに出ていたからその酒癖は発動されなかったのかもしれないと今なら思う。
気が付いたのは、玄関に並んだ小石だった。その時は既に5つぐらいあったと思う。サッと蹴り飛ばしたら簡単に玄関の外に出て行くようなそんなものだった。
そのうちヤスシは石ではなくて、工事現場のコーンや看板を持って帰ってくるようになった。意外と近場から持ってきていことに気が付いて、ヤスシが飲みに行った翌日は早起きして返却するのが俺の役割になった。
今日は珍しく何も持って帰ってこなかったのか、と思った日があった。その日は外にバス停が置いてあって、ヤスシを侮ってはいけないことを悟った。
大きさも気が付けばバス停よりも大きくなることはなく、なんとか自力で対応できていたのだが、ある日ヤスシの持って帰ってきたものは、返却する、という代物ではなかった。
大声で帰ってきたヤスシが連れて帰ってきたものは、人間だった。しかし、何を言っても何語かわからない返事しかふたりからは帰ってこず、俺はそのまま諦めて寝てしまった。しかし、そこで手を打たなかった俺が間違っていたと今なら言える。
ヤスシの連れ帰ってきた人、つまり、のちにヤスシの妻になる人だが、俺は彼らにこの部屋から家具以外の荷物と一緒に追い出された。「気が利かない人」と言われて……。

あれから3年。
2ヵ月前に結婚式を挙げて、婚姻届を出したふたりはここから出て行くのだという。
荷物も積み込み終わり、扉が閉まった部屋を見る。「じゃ、また連絡するわ」と手を振って新居に向かうヤスシに、俺は「あぁ」とその背中に返事をした。



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