第176期 #8

鈍色のナイフ

 僕が九つだった頃の話をしよう。
 あのころ僕の右手には、安物だがよく研がれたナイフが握られていた。

 地元の神社の裏山には不法投棄された様々なゴミが人の業のおびただしさを物語るような形で溢れていて、辺り一帯にひりついた臭いをまき散らしていた。ナイフはそこに棄てられていたものだ。付着していた血痕は研磨を繰り返すうちに消えていた。 
 僕は父を殺そうと考えていた。筋肉と暴力の権化のような男を討つには一撃で仕留めるしかない。僕はタイヤに古着を巻いた木偶を相手に技の研鑽を積んだ。そこで体重の軽さや成長期前の手首の脆さを痛感した。
 ある日僕は一連の動作に回転を加えることを思いついた。ナイフを逆手に柄を抑え、腰を入れて振り抜くんだ。ナイフは深々と突き刺さり、今までにない手ごたえを残した。父を殺すという目的が現実味を帯び、ある種の自信に繋がった瞬間だった。これで殺せる、僕は父のことをいつでも殺せるのだ。
 父を殺す動機は今でもよくわからない。日々のフラストレーションや成長期特有の瑕疵、または遺伝的なものだろう。とにかく自分の中の父を殺せなければあの頃の僕に未来はなかった。
 
 そして目の前に君がいるというわけ。うん。高校生を自称しているが見た目はせいぜい中学生。高校生だよ。

 少女は僕にまたがってスカートをまくり上げ、瞳にかつての僕と同じ色を滲ませながら内腿の創傷パッドを剥がすよう促した。パッドを剥がすと、じくじくとした体液をはらんだ傷口が露わになる。指を押し当てて癒着しはじめた皮膚を掻き分けると、ぴんと張った白い肌がいびつに膨らんで蠢いた。

 大丈夫? すっごい痛い。好きな人とできればいいのにね。絶対に嫌。ですよね。

 親指が根元まですっかり納まると、抱き合う格好のまま少女は僕の肩に歯を立てる。このとき首筋を撫でてやると少女は喜ぶ。このまましばらく抱き合って、少女が軽く達したら終了。
 少女は必然的に僕を見つけた。迷いは既に過去の遺物となり、初心にはにかんでみせるその裏で何かを代償に何かを殺すのだ。僕はその正体を知っている。不意にひりついた臭いがよぎった。

 くさくない? ひどい。僕だよ。……柔軟剤? じゃあいいや。

 その後、毎回痛いのはさすがにしんどいという申し出アリ。「お前の指をちょん切って骨だけ入れておこう」という提案は却下。清潔なシリコン的な何かをゲットすべく百均に参るということで合意。



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