第176期 #4
いつの頃からか人間は電気椅子に座るようになりました。身体的な成長が止まる十八歳くらいになると皆、背広を仕立てるように、自分の体格に合わせた電気椅子をオーダーメイドするのです。電気椅子という名前を聞くとぎくりとするかもしれませんが、もちろんご想像のものとは違います。死刑制度はとっくに廃止されており、歴史の授業で少しは出てきたはずなのですが、ほとんど誰も覚えていません。電気椅子と言えば電動の車椅子のことなのです。しかも加速性、停止性、バランス、方向転換、いずれも申し分なく進歩しており、機種によっては浮き上がって空中移動も可能なのですから、モビリティとしてはこれ以上のものはありません。今や眼鏡のように身近で身体の一部と言ってもよいくらいの道具なのです。大人になると使わないものは何か、と問われるとまず思い浮かぶのが自分の足というくらいです。プロスポーツ選手にでもならない限り、足腰を鍛えることなどないのです。
しかしこの状況が一変する出来事が起こりました。巨大な太陽フレアが発生したとき、電磁波は基準内であったにもかかわらず、電気椅子が軒並み故障してしまったのです。市民生活は大混乱に陥りました。自力では動けない人が大多数だったからです。世界中の人々に電気椅子を行き渡らせるにはすぐに増産するしかありません。それでもよほどのお金持ち以外の人は数か月待ちになるでしょう。なのに政府は原因の解明が先決だとして製造を停止してしまいました。政府の一部に他の星からの侵略を疑う人々がいたのです。天球の隅々に耳を澄ませ、二次攻撃に備えます。悪意を持って行わなければこんなことは起こり得ないと信じているのです。太陽フレアが原因とはどうにも考えられないのでした。一方で、政府は密かに一部のメーカーにだけ電気椅子の製造を許可していました。密造ではありません。電気椅子がなければ困るのですから、安全性が確認できたところから製造を始めさせておくのは利権でもなんでもないのです。でも実際のところ、多くの人々にとって目の前の生活が最優先でした。すぐに自分の足で立ち上がった子どもたちを頼もしく見上げたものです。
「確率論に依拠して過剰な最適化を進めた結果、破局的な事態に至るという重要なサンプル事例ですね。セオリーを鵜呑みにせず、フォールトトレランスを如何に確保すべきか」
「そうね。だから体育もサボらずにちゃんと受けるのよ」