第175期 #9
王様になって欲しい、とその男は私に言った。
必要なときに王様の椅子に座っているだけでよく、あとは飲んだり食べたり、自宅に帰ったりしてもよいと。
「それから毎月、手取りで12万円の給料が支給されます。安いかもしれませんが、宮殿に寝泊まりすれば生活費もかかりません」
宮殿で侍従長をしているというその男に、あなたは毎月いくら貰ってるんですかと質問すると、上手く話をそらされた。
「まあ、欲しいものがあれば宮殿の経費でも買えますし。土地や高級車みたいなものは無理ですが、ちょっとした洋服とか家電ならOKです」
私は住んでいたアパートを引き払って宮殿に引っ越した。家賃や光熱費なんかを支払うと、給料の半分以上が飛んでいくからである。宮殿内で私に与えられた部屋は、8畳間にキッチンや風呂、トイレが付いた間取りであり、それまで住んでいたアパートよりは多少広かった。私は妹と二人で暮らしていたので、二部屋もらえるように希望したのだが、今は空いてる部屋はここしかないと言われた。
「高校までは少し遠くなったけど、いい部屋だと思うわ。前みたいに、部屋の真ん中をカーテンで仕切ればいいし」
でも、妹は一応部外者扱いなので、妹の食費分として3万円が給料から天引きされることになった。
妹は、昼間は学校へ通い、帰宅後は宮殿で小間使いのようなアルバイトをしていた。月に3万円ほどバイト代が出ていたようだが、それを食費として召し上げるのはさすがに気が引けた。それに妹は、アルバイトをすることで宮殿の人たちとも仲良くなったようだし、小間使いのかわいい衣装も気に入っているようだった。
私が王様になってから数年後、妹は高校を卒業し、小間使いとして正式に宮殿で働いていた。8畳間の部屋は相変わらず二人で使っていたが、妹も仕事が忙しくなったせいか、二人で一緒に過ごす時間も少なくなっていた。いずれ妹にも部屋が与えられ、私一人でこの部屋を使えるようになる日も来るのだろうが、それはそれで少し寂しいと思った。
妹が宮殿から消えたのは、そんなことを考えていた矢先である。
一緒に消えたのは、あの侍従長の男だった。
他の侍従たちに話を聞くと、侍従長には妻子がいるので、妹と二人で駆け落ちでもしたのだろうと。
それで、私も王様としての、または兄としての責任を取らなければならないことになり、その妻子は今、私の8畳間の、カーテンの向こうで暮らしている。