第175期 #2

バーダー/ビッター

 見た。見たことある、見たことある影、見たことある髪の色? 変わった? 誰、バイト先? 歩いてくるあの歩き方、携帯電話で話しているあの口の端、昔見たことある形、尖らせた唇見たことある、見たことあるな、スイーツバイキング? 焼肉食べ放題? 合コンだった? 何? 何つながり? あと二十歩、すれ違う、思い出していい話? なんて言ってる口の端? ウケるんですけど、ウケるんですけど、ウケるんですけど、って言っている。なんだっけ、あの口の端、あと十歩、見たことある、人を馬鹿にしたような口の端、見たことある、だから、
「ウケるんですけど、ってかマジありえなくない? ナニ人の彼氏に色目使ってんの、はぁ、マジありえないし、マジ最悪、バイトでいっつも一人でニヤニヤしてるから友達もいないんだろうと思って引き合わせたのが馬鹿だったわ。そもそも何、その恰好、人の彼氏と会うときの服装じゃなくない? 何? グラビアアイドルでも気取ってん
「バーダー!!!」

 ウケるんですけど、と言いながら私は到底面白い気持ちではなかった。電話口で頭の悪い彼氏と話をしながら、頭では別のことを考えていた。ずっと前バイト先にいた、いつも一人でニヤニヤしている女性のことだった。勤務態度はとても良好だったのだが、友達がいる様子でもないのに、いつも一人で笑っているのがとても気になった。それである日、善意か自慢か、私の頭の悪い彼氏と、確かマクドナルドに行ったのだ。私はそこで目のやり場に困る、少し前衛的過ぎるファッションに身を包んだ彼女に眉をひそめることになった。頭の悪い私の彼氏はそこに前衛性以上のものを見出し、前傾性をも示し始めていた。私はできたばかりの彼氏を盗られるとでも思ったのだろう、相当彼女のことを口汚くののしってしまったと思う。その後しばらくして彼女はバイトに現れなくなったが、機会があれば一度ちゃんと謝りたいと思っていた。最近はそのことがまた気になりだして、三日に一度くらいそんなことを考えていたら、十歩前ほどに見覚えのあるニヤニヤ顔があって、声をかけようとしたところ奇声をあげられた。彼女もたぶん別なことを言おうとしていたんだと思う。びっくりするもの、そりゃ。私だって頭の悪い彼氏が「今度どんなパンツ買うの」とか言ってるのを聞き流しながらだから、びっくりした、ってことを伝えようとしたけど、うまく言えなかったよ
「ビッター!!!」



Copyright © 2017 テックスロー / 編集: 短編