第174期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 新規ドキュメント しょうろ 738
2 欲望のない世界 WSCHK 979
3 骸骨兄弟 李 天錫 961
4 雨の又三郎 なゆら 996
5 カシスオレンジ かささぎ 727
6 結石 岩西 健治 991
7 折り返し地点 kadotomo 1000
8 明恵は紺碧の空の彼方へ Gene Yosh(吉田仁) 1000
9 帰る場所 わがまま娘 994
10 雨が降っていたから 宇加谷 研一郎 1000
11 遺品 euReka 1000

#1

新規ドキュメント

 覚えてる。覚えてるよ。市役所に行ったんだ。住民票を取りに。何で住民票が必要だったのかは覚えてないけど。そしたら受付のお嬢さんに小さい紙渡されて待ってろって言われてさ。柔らかいベンチに座って液晶に『046』って表示されるのを待ってたら、何だかうるさくて……隣に座ってるやつが鞄のチャックを無用に何回も往復させていて、チャックの具合がそんなに悪いのかと心配になったりして……そのあとそいつは席を立ったり座ったり、鞄を持ったり降ろしたりするもんだから、俺に気付いてほしいのかとか、ただちょっかいをかけたいだけなのかとか、もう一方の隣の奴と無言のコミュニケーションを交わしているのかとか、ちょっといろいろ考えてみたんだけども、何だか怖くて隣に目も顔も向けられないから、明確な解答を得られなくって、そしたら明確な解答が得られないままそいつは席を立って去ったよね。そのあと俺はやるせなくなって、しばらくの間どうでもいいそいつのことが頭から離れなかったよね。どうしようもないもん。どうしようもないもんだから、やるせなくってさ、帰ったあと日記にそいつのこと書いたよね。久しぶりに、半年か一年くらい、もっとかな。書いてるときは結構頻繁に書いてるつもりだったんだけど。書いたよね、そいつのこと。久しぶりに日記に。そしたらさ、最後に日記を書いたのは二ヶ月前だったんだよ。あれ、何だかすごく放置していたと思うんだけどね、感覚的には。日記の中では結構な時が流れてたと思うんだけどね。自分の中で感覚が変わっちゃったみたい。二ヶ月以前の自分は何だかなじみのない文体でさ、他人みたいだったよ。よく知りもしないチャック野郎のことなんか忘れて、そのことで頭がいっぱいになってさ、それで一日中悩んだのを覚えてる。


#2

欲望のない世界

あなたは、欲望の塊という言葉を知っていますか?

この言葉を聞いて大半の人が知っていると言うと思います。

あなたは、欲望というものをどう思っていますか? 欲望の塊と聞いて、どんなイメージが湧いてくるでしょうか?

よく、「この!欲望の塊め!」みたいな言葉を、正義の味方的なのが悪者に対して使ったりしています。
そのため、欲望の塊だとか、欲望という言葉を聞いて悪いイメージしか湧いてこないのではないかと思います。

でも、私は違うと思いました。

欲望が無かったら、世界が停滞するからです。

例えばあなたは今この時、呼吸をしています。でも、呼吸を止めたらどうなるでしょうか。

息が苦しくなりますよね? そしてあなたはこう思うはずです。
「呼吸がしたい」「息を吸いたい」「空気を吸いたい」

これは、欲望の一つだと思います。誰でも手を動かしたいですし、足を動かしたいですし、体を動かしたいのです。

そう考えるとどうでしょうか? あらゆる全ての事が欲望のみで動いているのが分かると思います。
無機物はどうでしょうか。

石は動きたいと思いますか。思いませんよね。ロボットだって、人に命令されてようやく動いてくれます。しかし、それは感情的なものではありません。単純に風が吹くのと同じです。

欲望は、人間以外の動物にだってもちろんあります。お腹がすけば食べますし、動きたければ走り回ります。

人間はその点だけゆうと優れていると思います。なぜなら、我慢が出来るためです。
人間以外の動物は欲望のまま行動しますが、欲望を我慢することなら人間はできます。もし出来なかったら私達にとって悲惨な世界となっていたことでしょう。

人間は、学習をすることが出来ます。自分の嫌なことをさせないようにしていこうとします。

なぜなら、自分の欲望を邪魔されないようにするためです。

自分が生きたいと思えば自分が生きれるように努力します。

ご飯を食べたいと思えば、どうすればご飯を食べれるのかを考え行動します。

つまり、欲望→思考→行動→成功、又は失敗 この繰り返しが自分の記憶となり学習となり、そして人生になるのだと思います。

もし、この世界から欲望が無くなったらどうなるでしょうか。

全てが無機物の世界です。そこに、未来は、楽しみはあるでしょうか―?


#3

骸骨兄弟

「僕と付き合ってください!」
そこの身長129cm、87kg、丸く剃った髪型に三角形メガネをしていた彼は、もてない天才だった。
「生理的に無理。」
今日は記念すべき、大学に通う女子全員に告白した日であり、全員に即答で振られる日であった。
「俺と付き合ってください!」
そして、身長128cm、45kg、栗あたまの彼は、もてない天才の弟であり、もう一人のもてない天才だった。
「死んでもなお、無理。」
同じ日に、弟は高校の全女子に告白し、即答で振られた。
まさに天才兄弟。
「弟よ、この世界を壊そうか。」
「そうだな。見た目で人を判断する、この世界が憎い。」
あれ以来、2人の天才は協力し合い、見た目は骸骨のようなバケモノを作った。
「女も男も、皆、消えちまえ!」
「それにしても、骸骨はいいな。」
「そうだな。格好いいし、見た目で差別しないし。」
弾丸はもちろん、核兵器を食らってもなんともなかった丈夫さ。
指の骨を伸ばしだけで、海底に突き通せる破壊力。
それはまさに無敵なバケモノ。
だが、世界制服を目前にした時、2人は決裂した。
「弟よ。今日もあれをやろう。」
「そうだな。最近は研究に専念していたから、してなかったな。」
2人は身長測定のために、作ったマシンに入った。
「測定を始めます。兄、129cm。弟、129.5cm。」
「なんだよ!? 弟のくせに、僕の身長を越えるなんで、生意気だ!」
「身長が負けたくらいで、そこまで怒るか?」
「僕が負けたって言ったな! 身長が負けても、頭脳は負けないから!」
「どう考えても、俺の方が頭いいでしょう。俺が居なければ、ガラスすら割れないくせに。」
「それを言えば、僕がいなければ、風に撃たれただけで骨が折れるくせに。」
「言ったな! これからは1人でやらせて貰おう。」
「それは僕のセリフだ!」
こうして、決裂した2人は新たなバケモノを作り、世界を荒らした。
気がついた頃には、世界に残された生命体は、この兄弟2人だった。
「なぁ。仲直りしよう。」
「そうだな。これ以上、争っても意味ないもんな。」
「それにしても、やり過ぎたな。」
「人類絶滅だな。」
「まぁ、これはこれでいいでしょう。」
「今度は、もっといい世界で生まれたらいいな。」
「宇宙人より格好いい自信はあるよ。」
「僕も。」
兄弟は微笑みながら一斉に、見た目からして危険な薬を飲み干した。


#4

雨の又三郎

風のそれとは従兄弟らしい。
風貌は似ているが、どこか卑屈だ。
間違われて代わりに「風」とサインしたこともある。
コンビニでアルバイトしていると、驚かれることがあるが、いや俺は雨なんで風じゃないんで、と言い訳する。どうしてただ普通に生活しているだけで言い訳しないといけないのか。慣れっこになった店長は低く笑っている。こんなコンビニつぶれてしまえばいいのに。

雨に乗って出勤する。
彼がやってくると同時に雨が降ってくるので、おおむね嫌われる。所によって歓迎されることもある。日照りが続いていると神のように扱われる。教祖様と言われたこともある。
悪い気はしない。
俺が教祖か、教祖である俺が一声かければ、神の儀式としてSEXができるのかな。
シンプルな疑問を感じて試したことがある。一度、教祖様という女が自宅にやってきた。どうしても雨を降らせてほしいのです。なんでもします。なんなら現金も支払います。どうかどうかお願いします。女は必死だった。いや現金はいらんけど。けど?ちょっと中入ってくれる。はい。まあソファに座ってリラックスリラックス。はい。いや俺もねここんとこちょっと忙しいわけ。そうでしょうね。雨降らせるんもかなり労力がいるわけ。現金支払います。いや現金はいらんけど。けど?ちょっとこれに着替えてくれる?これですか、かみなりさんの衣装?そうかみなりさんの女もんの服やから。まさかかみなりさんにもらったんですか?いやドンキで買うたよ。着ればいいんですね?そうそうあっちで着替えてきて。わかりました教祖様。
SEXできた。
女は妄信していた。約束通り雨も降らしてやった。女は映画撮影クルーのひとりで、無茶なことを命じられ続けて、雨を降らせろと命じられたらしい。女もなかなか大変だ。

時々むなしくなる。
てるてる坊主ににらまれる。
戦闘はしたくないけれど、てるてる坊主からしたら商売敵ということになる。むこうもむこうで晴れることを条件にSEXしたりしているに違いない。力としては俺の方が強いのでまあ、ぼちぼちやってやるが、むこうが団体でこられるとかなわない。
遠足前の子どもは阿呆みたいにてるてる坊主を量産し、俺を困らせる。そういう時はこちらも考えがある。家族を呼べばいい。ここは降らさなあかんなというときには家族、親戚総動員して確実に降らせる。そうして教祖としての面目を保つ。

風のそれとは従兄弟らしいが、会ったことはない。


#5

カシスオレンジ

カシオレみたいな恋をしよう。

甘くて苦くて酸っぱい恋。

俺がオレンジジュースなら、あのひとは、カシスのお酒。

甘くて酸っぱいのが俺なら、あのひとは苦い。

二人が混じるとカクテルになる。

大人の魅力でいろいろ教えてもらった。

でも、やっぱり俺は、あの人のずっとにはなれなかった。

俺とあの人は、同じだから。

同じだから、一緒にいることを許されない。

初めからずっとわかっていた。

俺は遊ばれてるだけなんだって。

「いやっ……離れたくない……」

俺はなりふり構わず、すがりつく。

「わかるよね?」

「わかんないよ……」

「君は、オレンジジュースみたいに甘くて酸っぱい」

「いやだ!」

「君とやっていけない。君とは一緒にいられない。ずっと一緒にいることはカクテルみたいに甘くない。苦い苦い現実と結婚する。さよなら」

あの人と快感に喘ぐことは、気持ちよすぎた。現実なんてどうでもいいくらい。ずっと続いてほしいと思ってた。

「振られちゃった」

涙を流しながら、顔を上げた。

隣の住人だった。

「別れ話は、アパートの玄関でするものじゃないよ?」

「……ごめんなさい」

「話、聞いてあげるから、こっちにおいで」

新しい恋の予感がした。

俺はその人に寂しさのあまり抱きついてしまった。

その人は、甘いカシスジュースだった。

「オレンジジュースと、カシスジュースでお子ちゃまの飲み物だね。俺たちの恋みたい」

甘々の恋人に話しかける。

「子供の恋っていうの?」

「そうは言ってないよ。甘くて美味しい。俺にぴったり」

恋人の肩に頭を乗せて俺は幸せな気分になる。

「まったく」

恋人は、優しく笑った。アパートの隣の部屋で、多い時間一緒にいれる。幸せで、ずっといっしょにいたいと思えた。

「カシスオレンジみたいな恋より、自分に合った恋のほうがいいね」


#6

結石

 両膝を地面につき、四つん這いの姿勢のまま身体が動かない。
「手を貸しましょうか?」
「はぁぁあぁえ」
 冴えない返事になってしまう自分が情けない。
 気になる。
 声をかけてくれた女性ではなく、女性の背後にいるヤリ男を健二は気にしている。
 呼吸の浅いのが自分でも分かるほどに健二は動揺していて、とにかくヤリ男から離れなければと途端に思うのだが、四つん這いの姿勢はそう簡単にはほどけはしない。手のひらに食い込むアスファルトの突端が痛みを超えて今はしびれとなっている。アスファルトを避けるように、両手の中指、薬指、小指を曲げて抵抗を試みるが、体重のかかった手のひらはそう簡単には動いてくれそうにない。寒気と脂汗が健二を襲い、血の気が引いた感覚は確かにある。女性に顔を向けることさえ苦痛になり下を向いていると額の汗がしたたり落ちた。返事さえままならぬ状態で、ただ事ではないと感じつつも、何とか平静を装おうとすること事態が異常なのは当の本人には分からないのだと考えてはいるが、それが健二の中の健二の考えなのか、健二の外の健二の考えなのかが曖昧になってくる。
 しゃがんだ女性の膝頭はやけにごつごつとしている。火星か月を想像する。宇宙は黒ではなく紺。
 女性の膝頭に阻まれヤリ男は見えなくなってはいたが、そこにいるのは確かである。その証拠にヤジリの突端は右脇腹付近を激しくこついているのであるから。ヤジリの痛みは吐き気とともに健二を襲い、やがて目がかすんで口も渇いてくる。ヤリ男を防御することもできない。されるがままだ。ただ、呆然と半開きの口から粘度の強いよだれさえも出ないのを、モノクロームのフランス映画を観るように(実際の健二にはモノクロームのフランス映画を観た記憶は皆無だったが)自身の体内で起こっている異常な変化をどうしても自分自身の出来事とは感じられない。
 洋画とフランス映画。そらは青いはずだがどうでもいい。紺ではなく薄い青。雲はなくてもいい。
 草食動物が肉食動物に食われるとき、痛みは既にない。それが脳内で分泌される何とかという物質によるものだったか、死を覚悟する現実に対面すると、痛みを伝達する回路がシャットダウンされるかだったかを再認識する。
 恋愛映画を観に行く機会。脳内物質の検索。ヤリ男。青いそら。ひざがしら。紺。月の石。女性の顔は覚えていない。健二の意識は遥か彼方に遠のいていく。


#7

折り返し地点

「貴方は人生の折り返し地点の年齢だから、体に気をつけてね」いつ、誰から受けた言葉だったのか、時々脳裏に浮かぶ。

 俺は待ち合わせの時間より、遅れて目的地に向かう。目的地は朝のラッシュ後の人が疎らになった、私鉄ホームのベンチ。階段を降りたら直ぐに視野に入る位置だ。俺は年甲斐もなく、胸を踊らせながら、私鉄ホームまで連携されている、渡り通路にて早足になるが、「覚えていないかも」という思いが混じり、歩く速度を落とす。
 ホームに着くと、朝の光に照らされている、ニット帽を被った胸元まである黒髪の人物がいた。その人物が、顔を上げてふと俺に目を向ける。

「葱好き?」

 その人物が駆け寄り、開口一番の言葉。紺碧色したダウンジャケット姿の視線は、俺の顎の下から注がれる。同じ歳とは思えない、無邪気な表情だった。

「朋が好き」その言葉を受け、朋は目を逸らせると、俺の鞄を持つ手に目線を落ち着かせる
「葱食べ放題の、創作料理のランチがあるの。11時からだから、1時間あるね。どうする?」目線は、俺の手元のままだった。

「体を重ね合わせに行こうか」言葉を放ち、俺は朋の手首を握り、改札口へ早足で向かう。

 中央にベッドが一つポツンとある、薄暗い空間で耳をカジられる。

「ヒロの手が恋しいよ」

 その言葉を耳元で受け、唇を貪る様に合わせると、体が熱くなるのを感じた。俺は夢中で、小ぶりで、クビレの無い裸体を顕にさせる。他の者なら、淫欲は皆無に等しいと推測するが、俺はこの体が愛おしい。狂おしい程に。

「又、身体絞ったの? 頑張るね」情交後、俺の腕を枕にしている朋は安心した笑顔で囁いた。
「又、太った?」
「うるさい」笑顔で瞬時に俺の頬を抓る行為が愛しさを増す。

「来月息子の卒業式なの。早かったなぁ6年間」
「……次は6月で良いよね。夏休み、忙しいだろ?」
「そうね。ありがとうね」

 2人だけの空間から外に出る。見上げると水と白の空に、変化していた。
「ランチの時間、まだ間に合うけど」
「俺。葱ダメなの。知らなかった?」
 
 その言葉に何かを察したのか、朋は小さく頷き
「葱。ダメなのか。独身貴族は、舌が肥えるもんね」と、笑顔で返した。
 私鉄のホームにて、別れを告げると現実に戻される。朋は母と妻として。俺は、独立とは名ばかりの自由人として。
「いつになったら、冷めるんだろうね」渡り通路にて、俺は思わず呟やくと、冬の終わりの風が微かに頬を掠めるのだった。


#8

明恵は紺碧の空の彼方へ

私の妻は明恵という。夫を立てているかと思いきや、周りにちやほやされることが大好きで、夫のいない場所では女帝と化して戦前の右傾化に追い打ちをかけるような天皇陛下へのあがめられる立場に陶酔し、夫、内閣総理大臣はその女帝ぶりに快感を感じる。二人っきりの家庭ではどのように甘え、またはマゾのごとく私はいたぶられ、それが快感になっていく。国会の予算委員会では妻のことを私人といい、絶対に私より上には上げないが、公人との指摘に如何に公務員を従えていようが、公費を使っていない、交通費は個人負担との言い訳であくまで私人を貫き通す。そして名誉職を断れずに、次から次へと利用される。海千山千の理事長職が、公人の親類をまくし立てて、至福を肥やすための材料にするのである。よいしょとゴマすりで気持ちよく捲し上げて、絵にかいたような謀略の中に陥れられるのである。
私学が借金で経営しているとは、公立小学校より敷地面積の狭い私立小学校はあまり見たことが無い。エスカレータ式に中学、高校、大学と推薦され進学できるのであればいざ知らず、小学校だけの私学であれば、特色、他校へ推薦やお受験の指導教育で、合格率の高い教育カリキュラムを定評にしているなどの魅力が無いと生徒は募集できない、入学の倍率が高くなければ、そう誰でも入れる学校は高い授業料を親に払わせられない。教育勅語や同期の桜を歌わせる教育を売りにしても、人格形成に何ら役に立たないと思われる。
私の妻ははめられたのか、いや、普段は宗教のシンボルの大菩薩のように教祖のごとく崇め、尊び思いを周りのものと共有しているが、抑圧された極限の中の軍隊は二二六事件や、連合赤軍、日本赤軍のリンチ、虐殺、オウムのサリン事件などの大量虐殺を起こし、世界中に日本の危険性をテロの先進国としてイスラム国以上の恐怖を散布した。この右翼と左翼の両側に宗教的指導者が君臨するとてつもない、国家以上の存在が私であります。これから日本の安全保障の元、世界中に自衛隊や日本の警察が紛争解決に出向くと思いますが、日本人は一線を越えると何をするか想像できません。私の妻のような存在が、重石になるのではないでしょうか?
国会では色々文句を言われますが、私はいちいち声を荒げて、応戦しますが、徹底的に叩き潰さないと気がすみません。何せ、東京オリンピックが終わるまで、総理に君臨し、おなかの調子もすこぶる好調なのですから。


#9

帰る場所

カレンダーの今日にはバツ印が付いている。
今年のG.W.の帰省を最後に、もう帰らないと決めた。
はやく独り立ちしたくて、大学は県外に進学して、仕事は更に別の県で就職した。少しずつ地元から離れてきたが、長期休暇が迫ってくると、何故か地元に帰っていた。
それもこれも、家があそこにあるからだ、と思った。あの家が、俺の独り立ちの邪魔をしているのだと。
だから、あの家を取り壊すことにした。両親と過ごして、ふたりの幼馴染みと遊んだあの家を。

今日はその取り壊しが始まる予定の日だった。あえて自分が地元に帰れない期間を選んで、解体作業をしてもらった。見たらきっと、後悔すると思って。
でもそれは結局見なくても同じだった。カレンダーに書いたバツ印が近づいてくるに従って、いろんな感情が溢れてきた。
先月には当日取り壊しを知るであろうふたりの幼馴染みからの連絡が怖くて、携帯も番号ごと変更してしまった。

その年の夏季休暇はひとりアパートで過ごした。いつもなら地元で飲んだくれていたが、今は家の跡地を見るのが嫌だった。壊した家は、そのままポッカリ自分の中で穴となった。俺は渋滞を伝えるニュースの音の中で泣いた。

翌年の夏季休暇、俺は両親の墓掃除をするという理由を付けて地元に帰った。
もともと家のあった場所の前で立ち止まる。地面には草が生えている。路面に面して「売地」と書いてあり、まだ売れてないんだ、と思った。
「マサヒコ」
呼ばれて、振り返ると幼馴染みのシンゴがコンビニの袋を片手に歩いてきた。
「なんだよ、いるならもっと買ってきたのに」
そう言って、そのままシンゴは俺の横を通り過ぎる。何も聞かないのか?
通り過ぎたシンゴが振り返る。
「行かねーの、リョウスケんとこ?」
急に言われて、返答に困った。本当に行ってもいいのだろうか。
困惑する俺の腕をシンゴは面倒くさそうに引っ張った。「行くぞ」と。
リョウスケの家の玄関の引き戸をシンゴは躊躇いもなく開けて入っていく。躊躇う俺にシンゴは「はやく」と急かした。
「ただいま」とリビングの扉を開けてシンゴが入って行く。俺もその後ろについて入って行った。怖かった。
でも、リョウスケたちは俺を見るなり、「お帰り、マサヒコ」って。
その瞬間、溜めていたものが溢れ出た。
もう帰らないなんて思ってゴメン。
裏切るようなことをしてゴメン。
そして、待っててくれてありがとう。

「ただいま」の一言が涙で言えなかった。


#10

雨が降っていたから

あなたを別人にします、とAさんが書いていた広告に何気なく惹かれたのはその時期が春のはじまりで外は大雨が降っていて私はコーヒーショップにいたからかもしれない。

労働基準法を無視した過酷な肉体労働の日々の、やっとの休日の朝、私は一杯のコーヒーをすすりながら電話の画面をのぞきこみ、『別の人生』とうちこんでぼんやりしていたのだった。

大雨の中、窓の外で、オレンジ色の傘をさした女が歩いていた。ブルーのカーディガンとグリーンのスカーフの色彩の明るさが眩しくて、彼女のまわりだけ柔らかい光が包まれているようにみえて、そのとき私が電話の画面に視線をもどしたとき『あなたを別人にします』の広告を無意識にさわっていたのだった。

毎月5000円。Aさんの性別も年齢も不明である。私が『こんなふうになりたい』と希望すれば、そうなれるようなトレーニング内容が電話におくられてくる。

『なりたい自分。暮らしたい生活。そういったことを具体的に記述しておくってください。それからあなたの収入、家賃、食費、一日に使える金額を教えてください』

私は最初の指令に対して忠実に返信をした。

『過酷な肉体労働生活から毎日を貴族のように海辺のレストランですごし、存在そのものが明るくて眩しい妖精みたいな女友達と戯れつつ、なにか世の中に大きな影響力をもっているような人間にかわりたい』

つづいて収入や家賃を書いた。正直恥ずかしさをおぼえた。こんな金額しか稼げない人間に変身願望をもつ権利があるのだろうか?

それに対して送られてきた返信が以下である。

『ちかいうちに家賃1万5000円の部屋に移りましょう。部屋というより小屋でかまいません。風呂は沸かした湯でタオルをつかえばいい。食事は基本ごはんと味噌汁とビタミン剤です。職場に古い新聞はありますか?それをもらってください。そして目覚めたら腹筋をする習慣、その回数を記録しておくってください』

さて、私とAさんの共同作業はこうして何ヶ月もすぎていった。依然私は過酷な肉体労働者であり、海辺で柔らかな光を放つ美女と戯れる余裕もない。だが、腹筋をつづけたせいで身体が強くなった。朝は5時には目覚める。家賃が安くなったのでコーヒーショップには毎日いける。職場で捨てる数日前の新聞を読む。世界が少し近くかんじる。世の中に大きな影響力は持っていない。だが、今の仕事の小さな影響力のことも悪くない、そう思えるようになってきた。


#11

遺品

 それは30センチメートル四方の平べったい木箱だった。昆虫の標本箱みたいにガラス張りになっており、祖父が言うには、その箱の中にはきわめて小さな体をした人間が沢山棲んでいるのだという。だから毎日水や食べ物を与えたり、日光に当ててやらなければならないのだと。

「この箱の中では、1ミリが1キロメートルの長さになる。だからね、この箱は九州がすっぽり入るぐらいの大きさがあるんだよ」

 しかし箱の中はカビのようなものが所々に生えているだけで、だた眺めていても面白いものではなかったのを覚えている。それに、アメリカやロシアが大きいことは知っていたが、当時子どもだった私には九州の大きさが上手く想像できなかった。地球儀で探したら、日本でさえ小さなシミにしか見えないのだから。

「もう50年も前になるが、一度、箱の中を顕微鏡で調べたことがあってね。カビの生えたようなところを覗いてみると、建物のようなものがたくさん集まっているところが見えたのさ。それで、もっと倍率を上げてみると、人のような形をしたものが幾つも動いているのが見えたんだよ。彼らは歩いたり立ち話をしているように見えたが、その中にじっと動かない人が一人だけいてね。その人が男か女かは分からなかったが、その時、お互いに目が合ったような気がしたんだ」

 祖父は昨年死んでしまったが、葬式では、その箱の話はまったく出てこなかった。祖父の娘である私の母にそれとなく尋ねてみても、何の話かピンときていないような反応だったし、母方の親戚も皆、私の質問に妙な顔をするばかりだった。
 後日、遺品整理のために祖父の家で作業をしていると、それらしい箱を見つけてしまった。しかし、その箱は既にガラスが取り外されており、カビのようなものも見当たらなかった。

 それからしばらく過ぎたある日、私の自宅にスーツを着た女性がやってきて、祖父の箱を譲ってほしいと言ってきた。私は、遺品として貰ったものだから無理だと言ったが、女性はその箱がどうしても必要なのだと言って、私に百万円の札束を差し出した。私は、その場で5分ほど腕組みしながら考えたあと、そのお金で一緒に九州旅行へ付き合ってくれるなら譲ってもいいと彼女に提案した。すると彼女もまた5分ほど腕組みしたあと、分かりましたと言って了承した。冗談のつもりで言ったのだが、彼女の真剣な顔を見ていると断るのも悪いし、箱も、もういらない気分になった。


編集: 短編