第174期 #9
カレンダーの今日にはバツ印が付いている。
今年のG.W.の帰省を最後に、もう帰らないと決めた。
はやく独り立ちしたくて、大学は県外に進学して、仕事は更に別の県で就職した。少しずつ地元から離れてきたが、長期休暇が迫ってくると、何故か地元に帰っていた。
それもこれも、家があそこにあるからだ、と思った。あの家が、俺の独り立ちの邪魔をしているのだと。
だから、あの家を取り壊すことにした。両親と過ごして、ふたりの幼馴染みと遊んだあの家を。
今日はその取り壊しが始まる予定の日だった。あえて自分が地元に帰れない期間を選んで、解体作業をしてもらった。見たらきっと、後悔すると思って。
でもそれは結局見なくても同じだった。カレンダーに書いたバツ印が近づいてくるに従って、いろんな感情が溢れてきた。
先月には当日取り壊しを知るであろうふたりの幼馴染みからの連絡が怖くて、携帯も番号ごと変更してしまった。
その年の夏季休暇はひとりアパートで過ごした。いつもなら地元で飲んだくれていたが、今は家の跡地を見るのが嫌だった。壊した家は、そのままポッカリ自分の中で穴となった。俺は渋滞を伝えるニュースの音の中で泣いた。
翌年の夏季休暇、俺は両親の墓掃除をするという理由を付けて地元に帰った。
もともと家のあった場所の前で立ち止まる。地面には草が生えている。路面に面して「売地」と書いてあり、まだ売れてないんだ、と思った。
「マサヒコ」
呼ばれて、振り返ると幼馴染みのシンゴがコンビニの袋を片手に歩いてきた。
「なんだよ、いるならもっと買ってきたのに」
そう言って、そのままシンゴは俺の横を通り過ぎる。何も聞かないのか?
通り過ぎたシンゴが振り返る。
「行かねーの、リョウスケんとこ?」
急に言われて、返答に困った。本当に行ってもいいのだろうか。
困惑する俺の腕をシンゴは面倒くさそうに引っ張った。「行くぞ」と。
リョウスケの家の玄関の引き戸をシンゴは躊躇いもなく開けて入っていく。躊躇う俺にシンゴは「はやく」と急かした。
「ただいま」とリビングの扉を開けてシンゴが入って行く。俺もその後ろについて入って行った。怖かった。
でも、リョウスケたちは俺を見るなり、「お帰り、マサヒコ」って。
その瞬間、溜めていたものが溢れ出た。
もう帰らないなんて思ってゴメン。
裏切るようなことをしてゴメン。
そして、待っててくれてありがとう。
「ただいま」の一言が涙で言えなかった。