第174期 #7
「貴方は人生の折り返し地点の年齢だから、体に気をつけてね」いつ、誰から受けた言葉だったのか、時々脳裏に浮かぶ。
俺は待ち合わせの時間より、遅れて目的地に向かう。目的地は朝のラッシュ後の人が疎らになった、私鉄ホームのベンチ。階段を降りたら直ぐに視野に入る位置だ。俺は年甲斐もなく、胸を踊らせながら、私鉄ホームまで連携されている、渡り通路にて早足になるが、「覚えていないかも」という思いが混じり、歩く速度を落とす。
ホームに着くと、朝の光に照らされている、ニット帽を被った胸元まである黒髪の人物がいた。その人物が、顔を上げてふと俺に目を向ける。
「葱好き?」
その人物が駆け寄り、開口一番の言葉。紺碧色したダウンジャケット姿の視線は、俺の顎の下から注がれる。同じ歳とは思えない、無邪気な表情だった。
「朋が好き」その言葉を受け、朋は目を逸らせると、俺の鞄を持つ手に目線を落ち着かせる
「葱食べ放題の、創作料理のランチがあるの。11時からだから、1時間あるね。どうする?」目線は、俺の手元のままだった。
「体を重ね合わせに行こうか」言葉を放ち、俺は朋の手首を握り、改札口へ早足で向かう。
中央にベッドが一つポツンとある、薄暗い空間で耳をカジられる。
「ヒロの手が恋しいよ」
その言葉を耳元で受け、唇を貪る様に合わせると、体が熱くなるのを感じた。俺は夢中で、小ぶりで、クビレの無い裸体を顕にさせる。他の者なら、淫欲は皆無に等しいと推測するが、俺はこの体が愛おしい。狂おしい程に。
「又、身体絞ったの? 頑張るね」情交後、俺の腕を枕にしている朋は安心した笑顔で囁いた。
「又、太った?」
「うるさい」笑顔で瞬時に俺の頬を抓る行為が愛しさを増す。
「来月息子の卒業式なの。早かったなぁ6年間」
「……次は6月で良いよね。夏休み、忙しいだろ?」
「そうね。ありがとうね」
2人だけの空間から外に出る。見上げると水と白の空に、変化していた。
「ランチの時間、まだ間に合うけど」
「俺。葱ダメなの。知らなかった?」
その言葉に何かを察したのか、朋は小さく頷き
「葱。ダメなのか。独身貴族は、舌が肥えるもんね」と、笑顔で返した。
私鉄のホームにて、別れを告げると現実に戻される。朋は母と妻として。俺は、独立とは名ばかりの自由人として。
「いつになったら、冷めるんだろうね」渡り通路にて、俺は思わず呟やくと、冬の終わりの風が微かに頬を掠めるのだった。