第171期 #7

志し

よく行く公園のゴミ箱に冷めてしまった飲みかけのペットボトルを捨てようとした時、奇妙に装飾されたしわくちゃの手紙が目に入ったので拾ってきた。
家に帰って、少し恐怖感もあったがそれよりも興味深さの方が勝って何にも包まれていない生まれたての姿をした手紙を開封した。

「メールや電話だと妻にバレてしまうから手紙という形になってしまったことを許してくれ。君はこの関係をどうしたい?いますぐには会う事は出来ないかもしれない。なんせ行動の一つ一つを監視されてるから。君がまだこの関係を続けたいと思うなら待っててくれないか?ほとぼりが冷めた3ヶ月後にいつもの場所で会いたい。そこで会える事が出来たら結婚し…」


手紙の文字には書かれていなかったが、勘のいい妻がドアノブに手をかけた音が俺の耳に確かに届いた。

この手紙の最終段落であったであろう場所は憎しみを載せた筆圧の黒い線で整えられていた文字を掻き消されていた。

俺はドラマの中でしか見た事のない現実に起きている事に驚くと同時に文字が生きている事を感じた。

文字には夫がなけなしの希望を託しているような感じがズレがちな文字列を正確に真っ直ぐ書かれている事で感じ取れた。

そこに狂気じみた目で妻が「なんなのそれ?」と微笑みを含んだ表情で問い詰めてる姿が映像として頭に浮かんだ。

その狂気を保ったまま手紙を奪い取り、側にあった夫の重宝している万年筆でどこか清潔感漂ってる最終段落の文字を汚した。

文字とは何も考えずにただ脳内を通り過ぎるだけの媒体だと思っていたが、この手紙の文字は書き方や配置だけで自分の脳にストーリーを創りあげた。

もしかしたら今頭に浮かんだ想像は現実とは違うのかもしれない。
でも、考えたらかんがえるだけ何通りも出てくる文字から生み出ている創造性に感化されてる自分がいた。

生きた文字を届けよう。小説家を志したのはこんな風変わりな経験があったからである。



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