第170期 #9

満腹王子、空腹になる

 この程五年間の紆余曲折の交際の後、ある女性と別れた満腹王子は、晴れ晴れとした顔で、意気揚々と、金曜日の晩に私の家に訪れ、私の手による豪華絢爛栄養満点の夕食をたんまりと喰らい、そもそも満腹のくせに更に満腹になると、私との交際を宣言し、愛し合う二人の未来がどこまでも無限大に明るく、障害物もなしに末永く続いていることを雄弁に、まことしやかに語り、そして恋人同士が行う一連の手続を勇猛果敢に終えると、ひとつのベッドで私と王子は安らかに眠りにつき、いや現実にはまだ肌を合わせて間もない男女にありがちなように私も王子もうつらうつらと半覚醒半睡眠の状態が長かったと思われるが、翌朝は午後に目覚め、レンタルした映画をだらだらと見つつ過ごした挙句、昼前になると空腹になってしまったとの意を、傲岸不遜にも王子は表明した。
 ベッドは壁に接して置いてある。私はベッドの壁際が好きだ。私は壁と王子に挟まれた窮屈な姿勢で言った。
「食材があまり残ってないから、ロクな昼ご飯が作れない」
「そんなのDoしてやればいいじゃないか」
「ドゥーって?」
「DoはDoだろう」
「王子がばかになった」
「どうしたらいいんだろう。Doしたらいいんだろう」
「いま言い直したでしょう」
「Doしてしまったんだ俺は」
 王子は頭を抱えてベッド上を三転し、身悶えし、体を震わせ、私を更に壁に押しやり、際好きの私もさすがに息苦しく、その苦痛を王子に訴えようとしたが、それに勘付いたかのように王子が悶えた。
「正直、Doしきれたかどうか分からない。もしそうだったら、Doしようもないな。Doの、しようもない。Do……。Do……」
 乾燥ワカメと冷凍してあったほうれん草と鳥ささ身を入れたうどんを、私はベッドからすり抜け出て作り、着色料たっぷりの赤い柴漬を添えて王子に振る舞った。
 王子はそれをベッドの上でずるずると啜りこみ、義務のように感想を述べた。
「かなりの高水準Do」
「ありがとう」
「傑作Doを食べ過ぎてお腹が破裂しそうだ。俺が死ぬときはきっと胃が爆裂してお終いなのだろう。爆裂Do」
「王子の言っている意味が分からない」
 王子の腹は見るまに膨れあがった。しかしいずれまた空腹になるだろう。私はDoしたらいいのだろう?
 すぐに腹を空かすこの無分別な悪食はDoのしようもないかもしれない。
 そして日曜日の夜、満腹王子は自宅に帰っていった。

 これは、十年前のできごとだ。



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