第170期 #8

信仰

 いつからだろう。朝のテレビの占いにこれほど振り回されるようになったのは。今日の順位は二番目だ。いいことがあるに違いない。気にしているわりにはラッキーアイテムとか覚えてないけど。はりきって合コンに臨んだのだが、さっきから終わりの見えない血液型トークが展開されていて、辟易とするとともに、占いの類に対して突然冷めた見方に脳みそを席巻されてしまった。もう目の前の茶番につきあっている場合ではない。そんな気分だった。会話など上の空。いいことなんてありはしない。占いとは何だろう。暗示、マインドコントロール、根拠なく提示された出まかせを、ただ言葉が存在するというだけで受け入れてしまう人間の弱さ。
 日曜日に教会にいくと人はまばらだった。無心に祈っていると隣の男が話しかけてきた。
「あなたの祈り、間違ってますよ」
たしかに間違っている気がした。自分なりに神さまを信じて神さまに恥じぬように生きてきたつもりだった。神さまが存在するのはごく自然なことで当たり前なことで、それはそうだったけど、男についていった。教会を出ていった。神とはなんだろう。神の不在とはなんだろう。もはやどちらもピンとこない。神はなくとも世界はまわる。
 ウィークデーの目抜き通り。人があふれかえっていた。パレードだ、デモだ、暴動だ。興味本位で遠巻きに見守る。不思議な魅力がありそうでなさそうな屁理屈っぽい若者がマイクをにぎった。
「皆さん、お金って何ですか。そこの貧乏人ども、お金って何ですか。ある人のところには使っても使い切れないほどたまり、ある人のところには生きていくのにも足りないほどしかない。その実体は、紙切れです、鉄くずです。いやもはやそんなものでさえない。数字です、電気信号の痕跡です。それは何なのですか。真実ですか。違います。虚像なのです。それは皆さん当然わかっていることです。当たり前です。見ればわかります。ではなぜ嘘とわかって嘘におどるのか。それは嘘を本当ということにしておかなければ不便だからです。生死に関わるほど不便だからです。でもそれだけのことです。嘘を嘘だと認める人が増えれば、もしくは別の嘘を採用する人が増えれば、砂上の楼閣はくずれさるでしょう」
 父が死んだ。死なないと思っていたわけではないはずだけど、昨日とは決定的に何かが変わってしまった。世界が変わってしまった。人が死ぬ世界。それでも何かを信じて生きていく人間。



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