第170期 #7
もうすぐ炊けるから。
※
「本物と同じ重さらしいよ」
「ホンモノ?」
「モデルガンだよ」
白で統一された彼女の部屋には似つかわしくない。もちろん、そんな趣味があったなんて初耳である。持ってみると重い。一キロくらいある感じだ。
ベッドに入ってからも僕は寝付けなかった。それは英里奈も同じだったらしく、さっきのね、と独り言のように喋り出した。
「わたしね、嫌なことや辛いことがあったら、さっきのモデルガンをこめかみに当ててね、まねごとするのよ、自殺の」
僕は言葉を発さず仰向けのまま聞き入った。自分の心臓の鼓動がやけに大きい。
「オモチャでも結構すっきりするのよ。一回死んだと思ってね、引き金を引くの。カチッと小さな音が部屋の中に響いてね、明日もがんばろって」
「いつから?」
「一年半くらいかな、ケンちゃんと付き合う前からだから。病的でしょ。ヤバいと思った? 嫌いになってもいいよ」
嫌いになってもいいよ。
不注意による仕事のミスで上司に小言を言われているとき、僕は昨日の英里奈の言葉の意味を考えていた。こんなことがあった日に彼女はきっと自殺するんだろうなぁ、と。僕に上司を殺せるだけの度胸はあるか。ヒザマズケ! 上司の鼻先に拳銃を突きつける。妄想の中、午前中いっぱいミスの修正に追われる。
《モデルガンでいいの?》
《意味不明》
《ホントは本物》
《マジかよ》
※
彼女はテーブルの上に二丁の拳銃を置いた。
「入手先は聞かないでね」
やはり手にずしりと重い。僕はネットで調べた通り、安全装置なるものをはずして引き金に手をかけた。
「実弾は二発、わたしとケンちゃんの分」
引き金を引くと小さな金属音がした。疑いたくなるような随分と軽い響き。
「実感ないね」
「実は一度だけ装填したことあるの、本気で死のうと思って。でも、結局引けなかった。だから、これお守りなの」
英里奈はそう言って、スマホに付けたお守り袋のようなものに小さな弾丸をしまった。
「昼間、堪えられなくなったら、トイレで握るのねこれ。ものすごく安心するんだから」
「そこまで重症じゃないよ」
僕はそう言って自分の弾丸をテーブルの上に立てた。小さなロケット。これでどこまで遠くへ行けるのだろう。英里奈とふたりなら怖くはない。同類。いや、上司を殺す僕より死を選ぶ彼女の方が高尚なのか。
「さぁ、ご飯炊けたかな」
立ち上がった彼女の勢いで倒れたロケットは小さく弧を描く。