第170期 #12

五寸釘

私の心の中には、私しかいない。



朝起きたら、胸元に釘が刺さっていた。
上半身の前面、両乳首の延長線上に、深く突き刺さった五寸釘。
何故そんな物が刺さっているのか解らない。自分で刺した覚えなんかある訳が無いし、それに血が止まらない。

まず冷静になって失った鉄分を補う方法を考えなくてはならない。
血はほぼ鉄分だ。取り敢えず当面の栄養素を補給しなくてはと思い立つ。
冷蔵庫の中のブルーベリーヨーグルトを無造作に食う。そんなに激しい流血ではないのですぐ死ぬとかは無いと思う。

続けて押し入れに入って包帯を探す。だがテーピングしかない。それよりも消毒が先だろうと考え直す。
マキロンが見つからず、三十分以上探してやっと台所に見つける事が出来た。
ああそうかここで猫の傷の手当してやったんだっけ。
脱脂綿にマキロンを染み込ませて、傷口にあてがって、テーピングでぐるぐる巻きにして治療は終了。
鏡に映る自分の姿に昔見た映画が頭をよぎる。
ミラジョボビッチとニコラスケイジがカプセルの中でセックスして終わる映画だ。タイトルが思い出せない。
拘束テープを体に巻かれたミラジョボビッチはセクシーだった。

さて、応急措置も終わったが、病院に行くべきか。

病院に行ったら行ったでなんと説明したらいいのか。朝起きたら、胸元に五寸釘が刺さってましたなんて言えない。

まあ、仕事も休みなので取り敢えず散歩でも行こうと思い、適当にジャージを着て外に出た。
朝霧に包まれた街。聳え立つ団地。
呆れ返るほど巨大な団地。
向こう側も、後ろも、どこまでも続く団地。

遠近感が変になって、気が遠くなりそうだった。

何故こんな不気味な光景なのだろう。
自分はなぜこんなに冷静なのだろう。

気にする事は無い。私の心の中には、私しかいない。

私はジャージの下から手を入れて、力任せに五寸釘を抜き取り、登校中の小学生の一団に投げつけてやった。
彼らは真っ青な顔をして逃げて行った。
私の頭も真っ青になった。血が止まらなくなった。

帰りにコンビニでブルーベリーヨーグルトを買おう。それで病院行こう。
心の病院に。




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