第17期 #4
「帰ろうか…。」
と兄が言った。「もう、夕方だし。おかあさん心配するからさ。」
「ころは?ころはどうするの?」
そういって弟は声を詰まらせた。兄もぎゅっと口を結ぶ。
「そうだけど…。明日はまた探しに行こうよ。」
兄は力なくそう言うと、弟の手を引いて歩き出した。弟はともすると涙がこぼれそうになるのを懸命にこらえた。長い影は重石みたいに、二人の足をいっそう重くした。
「おい、ぼうず。」
不意に上から呼び止められた。兄はびっくりして声の主を仰いだ。そこにはぼさぼさの頭で、泥をかぶったような汚い服を着て、黒い顔をした男が立っていた。兄はギョッとして身を引き、弟をその小さな背の後ろにかばった。
「どうしたんだよ、しけたつらして。」
「しらないひととはなしちゃいけないっていわれてるから。」
彼はしがみつく弟をしっかり抱きながらうわずった声でそう言った。
「ははは、それは正しいね。今のご時世大切なこった。」
その男は片頬を上げて笑いながら言った。
「ま、そんな顔すんなよ。あのおてんとさんを見てみなって。きれいなもんだろうが。」促されたその夕日は、目に痛いほどだった。日が暮れる。夜が来る。ころはどこへ行ってしまったんだろう。今ごろおなかを空かしているんじゃないだろうか。そう思うとまた涙が浮かんできた。
「おいおい、どうしたんだあ?」
「ころがいなくなっちゃたんだ。」
弟が思いがけず大きな声そう言った。兄はすぐにたしなめた。
「へえ、いぬっころかい?」
「なんでもないです。さ、いこう。」
「まちなよ。そのいぬっころ捜しておいてやるよ。」
弟はにわかに顔を輝かした。
「ほんと!?ほんとにおじさんがさがしてくれんの?」
「ああ。俺はヒマだからな。どんな犬だい?」
「しろいの!しろくってちっさくって赤い首輪してんだ。」
兄は弟の手を引っ張った。
「ほんとにいいんです。かまわないでください。」
そう言い捨てると一度も振り返らずに駆け出した。暮れゆく今日からも
逃げるように。
それでも次の日はやってきた。でもそれは素敵な朝だった。
ころが帰ってきたのだ。ころの体はぬれてたけどそんな事はかまわずに
兄と弟はやさしく抱きしめた。そして「もうどっかいっちゃだめだよ。」とよく言い聞かせた。雲一つ無く空は澄み渡り、風は穏やかだった。世の中に何も悪い事は存在しないような朝だ。川で男が一人死んだけど、一つくらいは仕方がない。