第17期 #15

夏の日

 蝉が鳴いていた。暑苦しいその音で目を覚ました。
 今日は休日で、一時に彼女と待ち合わせをしている。場所は公園の池の前。今は十一時を過ぎたところで、待ち合わせまではまだ時間はある。部屋の中はクーラーが効いていたが、何だかけっこう余裕で暑くて、こういう日は外に出たくないなと思う。それでも一応着替えて顔を洗った。
 居間のテレビは高校野球を映していた。しばらくそれを見る。テレビの中には汗と日差しと土があって、僕はそれだけで少しげんなりした。
 飯を食って、支度をした。場所と時間を指定したのは彼女のほうで、「これは軽い嫌がらせか?」と少し疑いながら家を出た。空が青く、日差しが強かった。なるべく日陰を歩いたけれど、ものの五分で汗が吹き出てくる。僕は黒っぽいTシャツを着ていて、黒はがしがしと熱を吸収していく。何だか失敗したなとだらだら思う。
 蝉が鳴いている。
 シャツの背中がそれとわかるくらいに湿ってきたところで、僕は公園に到着した。
 公園の中は意外と涼しい。緑が多く、背の高い木が道に陰を作っている。蝉はずっとうるさく鳴いていたが、この場所だとさほど不快には感じなかった。
 歩いていくうちに木の陰は途切れ、そこから少し行った日向の場所に池があり、池のたもとに白っぽいTシャツを着た彼女がいた。彼女のTシャツも汗で濡れていた。彼女は眉間に皺を寄せながら、池のほうに向いて何やら振りかぶっている。その手の中には小さな石があり、どうやらそれを投げようとしているらしい。
「待った?」
 僕が声をかけると同時に石は彼女の手から離れ、ゆるい弧を描きながら池の中に飛び込んでいった。チャポンという水の音と共に、彼女が振り向く。彼女は一瞬で微笑んで、「ううん、全然。今来たところ」と早口で言った。彼女の顔は汗まみれで、化粧もしていなかった。さっきまで眉間に皺を寄せていたのに、今は爽やかな笑みを浮かべている。よく見るとTシャツもよれた感じでだらしない。
 僕は気づいて、つい笑う。
 この炎天下の中での待ち合わせ、それはたぶん、本当に軽い嫌がらせだったわけだ。けれど、被害は彼女のほうが余裕でひどくて、僕はやっぱり笑ってしまった。暑かったし、「あはははは」と指差して。
 殴られた。



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