第17期 #14

ケンカ道場

 夫の実家から荷物が届いた。米、みかん、乾物類、そして漬物が一樽。それらを見ていると私は息苦しいさを感じる。だってお礼の電話をかけなきゃならない。師走上旬、今年最後の一幕を覚悟して受話器を握る。
「斎藤です」
 数回のコールの後、穏やかな女性の声が響く。義母だ。結婚当初から夫に言われている。義母は思った事をあまり考えずに喋るので何を言われても気にするな、と。私も気にしないようにはしているつもり。
「裕子です。こんばんは。今日、荷物届きました。有難うございます」
 要点のみを一気に話す。
「あら、もう届いたの、早かったわね。英明は元気?」
「ええ、元気ですよ」
「そうそうお漬物ね、頂き物なんだけど英明の好物なのよ。お父さんは血圧が高いから食べられないし、そっちで食べて頂戴ね」
「はい、有難うございます。頂きます」
 正直、私は漬物が嫌いだ。彼は確かに大好物みたいだけど、量がなぁ。ま、いいか。
思っていたより荒れた話題に発展せずホッとしかけた時だ。
「そう言えば、あの子太ったわね。去年のお正月に帰ってきたときは驚いたわ」
 そうだろう、私も驚いた。でも夕食の後に駄菓子を食べつづけりゃ、太って当然だ。
「あんまり急に太ると早死にするのよね。裕子さん、あの子を死なせないでね」
「はぁ」
 私も三十路手前で未亡人になるのはご免被る。っていうか、彼が太ったの私のせい? 大体、自分の小遣いで買ってくるお菓子をどうやってとめれば良いんだろう。
「野菜をいっぱい食べさせると良いのよ。でも、塩辛いものは避けてね。血圧上がるのも良くないそうだから」
「へぇ〜、そう……なんですか」
 送られてきた漬物樽を横目で眺めながら返答に困る。これも天然?
 その後も何事か言っていたがあまり聞いてはいなかった。
「それじゃ、元気でね」
 明るい声が別れを告げる。通話が切れた時、タイミングよく夫が帰宅したようだ。
 電話の前で立っている私の後ろで歓声があがる。
「あ、これオレの好きな漬物。うちから送ってきたの?」
「そう、今お礼の電話したところ」
「お袋なんか言ってた?」
 暢気な声が癪に障る。
「……息子を殺すなって」
「えっ?」
 握っていた受話器を力いっぱい元の位置に戻して振り返る。
「あんたが無駄に太るからよ、今日から夕食後のお菓子は一切禁止だからね」
「何で急にそんな……オレの唯一の楽しみなんだぞ」
「やかましい!」
 うろたえる夫の抗議の声を一蹴した。



Copyright © 2003 五月決算 / 編集: 短編