第169期 #4

石碑

 僕は砂浜を歩いていた。人はいない。海岸線にあるのは、廃墟となったコンクリート製の建物と防砂林。三角コーナーに捨てられた卵の殻のような場所だ。
 どうしてこんな場所に来たのか。町興しの為だ。僕は石碑をたぶん、探している。明治の時代に活躍した郷土の俳人。その俳人は、地元の神社やお寺、初めて町に出来た珈琲店などを題材にして俳句を詠んだそうだ。その俳人は酒屋の次男坊で金は持っていた。出来映えが良いと思った俳句は、石碑にその俳句を彫って寄贈したり、豪華な額縁に入れて贈ったりしていたそうだ。
 町興しを企画したい人に奇跡が起こった、僕にとっては悲劇だが。
 珈琲店で町おこしの為の会議をしていて、話題を作る材料に困り果てていた時、誰かがその俳句が書かれた額縁に目を留めた。そして、この俳句を詠んだ人は誰だ? という話になったそうだ。そして、さらに面倒な奇跡が起こる。百人一首や、松尾芭蕉の俳句を暗記している高齢者が多いように、その俳人の歌を暗記している人が存命であったのだ。
 その口伝されていたとでも言うべき俳句を僕は全て書き留めた。あとは、なぞなぞに近い。この俳句がこの町の何処で詠まれたのかを予想し、そしてその痕跡を探しに出かける。野外であれば石碑だと思われる。
 僕がその俳句を詠まれたであろう場所へ行き、石碑など、その場所で詠まれたという根拠を探す。その場所がスタンプラリーの台が置かれることになるらしい。もちろん、その俳句が彫られた判子だ。ご当地ポケモンの方がよっぽど良いと僕は散々言った。だが、却下された。
 松と海。この組み合わせは、町ではこの場所しかない。もちろん、現在ではだけど。だが、防砂林の松の根元近くに石碑はあった。石碑を作るまでもない俳句であろうと僕は思って駄目で元々という気持ちであったが、あった。砂に埋もれて無いとも思っていた。松が凄いのか、その俳人の運が良いのか僕には分からないけれど、石碑は存在する。そして、これまでに僕が発見した痕跡と同様、高齢の女性が暗記していた俳句と一言一句違わない。
 僕はそのスマートフォンを取り出し、地図アプリでその場所の記録する。
 さぁ、次は田園風景を詠んだ俳句だ。悲しい事に、この町は大体、田んぼだ。だがあてはある。僕のフィーリングでは、この俳句は、少し高い所から詠まれた俳句な気がする。まぁ、残念なことに、小高い丘もこの町には沢山あるのだけれど。



Copyright © 2016 池田 瑛 / 編集: 短編