第169期 #15

邪悪と対面し、それを邪悪と見抜けない者から地獄に落ちてゆく

 夜半過ぎ。篠突く雨がぬかるみを踏む音を隠す。訪問者はチャイムを鳴らす。閉ざされていた扉が開かれる。訪問者は出迎えた女に母親の面影がないことを確認した。
 訪問者はタブレットを取り出しライブ映像を両親に見せた。両親は狼狽えていた。
 真由さんの命、安全、貞操を買っていただくために参りました。
 父は怒り狂い訪問者を殴る。それを受け画面の中の真由が代わりに殴られる。父親は唾を吐いた。
 お前と真由を交換する手もある。きっと安全と貞操がお安くなります、まあ結果的にですが。
 両親は話し合う。生命はわかる、安全とは。真由さんが無傷でご帰宅されます。貞操とは。犯されずに帰ってきます。具体的には。部下数名に浮浪者などを加えてレイプします。妊娠の可能性もあります。
 両親は話し合いの結果、生命と貞操を買うことに決めた。真由の将来のために蓄えは残すという判断だった。
 金を払うべきだ。訪問者はその言葉を噛み殺した。獣には餌が必要だ。お買い上げありがとうございます。訪問者は言った。

「AVにでも売った方が早いのに」
「誰も買わねえよ、性のプロなめんな」
「海外に売るとか」
「本職に睨まれるぞ」
「殺しはやるのにそこは慎重なのか」
「死は全てに平等だからな。女、男、ガキ、老人。だから俺達も平等だ」
「自分も早く殺しをしてみたいですわ」
 遅かれ早かれお前は殺しをしたことになるさ、死体でな。

 翌朝、母親が現金を引き出し、娘を乗せたワゴン車が到着した。
 車から降りた真由は変わり果てていた。前歯はごっそり抜け落ち、眼窩は腫れ上がり、色とりどりの痣、額に無数にはしる深い掻き傷、切り取られた耳たぶ。娘は駆け寄る両親を突き飛ばし、ふらふらと家に入っていった。男たちは大量の抗生物質と痛み止めを渡しその場を後にした。

 あの両親は金を払うべきだった。領分を越えた想像などできないし、世界の良心を信じていると思っていても結局は自分の良心にすがっているに過ぎない。邪悪を見抜けない者から地獄に落ちる。蓄えはすべてこのときこの一度のためにあったのだと考えるべきだった。あの両親は金を払うべきだった。
 被害者を置き去りにしたまま記憶は薄れゆき、罪悪感の許容量は日々増してゆく。明日は明日の罪があるさ。
 だがこの夜はいくら酒を飲んでも眠りに落ちることができず、そんなとき、かつて母親に似た女を襲った記憶が、指先にこびりついた血と体液の感覚が蘇るのだ。



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