第168期 #9

編み物

キミが大きな毛糸玉を持ち出して、編み物を始めた。正直そんなに大きな毛糸玉があるんだと初めて知った。大きな業務用のミシン糸みたいな大きさで。そもそもそれ、一体いつ買ったの?
テレビを見ていて急に編み物がしたくなったらしい。編み物は冬ってイメージだったけど、夏もやるんだって思った。春は春の、夏は夏の、秋は秋の、冬は冬の編み物があるのだそうだ。なのにキミは何故に今冬用のそんなモサモサした毛糸で編んでいるの? 昨日のテレビは確かサマーベストって、もっと薄くて涼しそうだったけど……。
そもそも編み物って棒2本でやるものだと思ってた。なのに昨日のテレビは何やら工具みたいな先の曲がった針金みたいなのでチクチクやってた。
そして、今日のキミはまたボクの知らない道具で編み編みしている。
棒を輪に通して糸を引き抜いてを繰り返して、端っこまで行ったら今度は糸をひっかけて引き抜いてを繰り返して戻っていく。
棒2本でやるのは棒編みというらしく、昨日テレビで見たのは鉤針編みというらしい。今日キミがやってるのは、その間の子で何とか編みっていうらしい。ごめん、覚えられなかった……。
編み図には「ベスト」って書いてあるけど、どう見てもサマーベストと言えるほど涼しげではない。生地は厚いし熱がこもりそうだ。
「これさ、いつ着るの?」答えは大体わかっているけど聞いてみた。そしたら、「数年後の冬?」ってこちらも見ないで返事がきた。
冬なのはわかっていたけど、何故に数年後?
「今年の冬は無理ってこと?」
「飽きなかったら、今年の冬、もしかしたら着れるかもしれない」
「飽きちゃったら?」
「死ぬまでに完成したらラッキーだと思う」
真面目な顔をして編み進めるキミを見ながら、既に数年後ではないんだ、と思う。
「そもそもさ……」とキミが何かを話し始めた。
セーターとかって、作るより買った方が断然安上がりで良いんだよね。毛糸って一玉いくらすると思う? セーター編むのに何玉必要だと思う? 圧倒的に買った方が安いんだよ。しかも、手編みって重いんだよ。気持ちが重たいとかではなくて、本当に手編みって重量あるんだよ。
ブツブツ言いながら編み進めるキミにボクはふと思った疑問を投げかけた。
「じゃぁ、それどうすんの?」
「う〜ん、出来上がってから考える」
多分出来上がらないと思うから、とキミがボソッと付け加えた。
そうか、それが前提なんだね。



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