第168期 #10
何気ない事だった。
お母さんとの喧嘩で家を飛び出した。
後ろで聞こえる声を振り切って、ただ走った。
お母さんのばか。なんて思っても、そればかりが本心な訳じゃない。お互い様、よりももっと、私の方が悪いのはわかっていた。それでも止まらなくて、悲しくて、無我夢中だった。
いっぱい、いっぱい、もっと遠くへ。
そうしてたくさん走って。体力には自信があるけれど、次第に息が切れてきた。
やっととまって、肩で息をする。顔を上げると広がる真っ赤な空。川も草むらも全部染めて、いつもなら美しい景色も、何だか怒ってる。責めてくる。
真っ赤と黒が交わる中で、小さく輝く一番星だけが、私のこんなギザギザな心を許してくれてるみたい。
一番星を見上げながら、ヘタリ、と座り込む。
きっとお母さんが心配している。わかっている。すぐに帰る気にはなれないだけ。我ながら子供だと思う反面、もう大人なんだと、心は主張してくるから、板挟み。
なんだか、ぐちゃぐちゃ。視界もぼやけてくる。
言葉にならない感情は、涙と一緒に出てくる仕組みなのかも知れない。
どこかへ行きたい。
悲しくなくて、温かい場所。
私はそこを知ってるけど、それをまだ、認められない。