第168期 #8

どの面下げて

多分呪いだ。
由緒ある寺に飾ってあったのを、坊主が座禅組んで集中している隙にくすねてきた。なんか古めかしくてほしくなったんだよね。
狐の仮面がそうさせたんだろう、わしを手に取り盗め、そして付けるのじゃ、と言われているような気がした。
家に帰って鏡の前に立ち、付けてみたが、何か変わった感じもしない。
やはり気のせいか、と外そうとすると外せない。仮面をつかんで外すだけなのに手が動かない。大きな力で押さえつけられているよう。
途方に暮れようとしたが、いやでもさ、仮面があることが当たり前のような気さえしてきた。狐の仮面はぴったりと私の顔に張り付いている。皮膚感覚だ。突然右頬が痒くなる。仮面の上をかりかりやると、心地よい。歯がゆい思いをするのではなく、右頬を直で掻いているような感覚だ。すばらしい吸着力。仮面はすでに私の一部になっていて、今後、私はこの狐の仮面とともに生活をするのだという自覚が芽生えた。
狐の仮面をかぶったまま日常生活を送るなんて、仮に在宅仕事を中心にして、極力人と会わないようにすればなんとか成り立つ。けれど、現在、私は学生で、恋人もいるし、授業に出ないと単位はもらえない。狐の仮面がとれなくなったから授業に出られませんは認められないだろう。仮にこのまま授業に出るとして、それとりなさい、となるのは必至で、いやとれないんですこれ呪いで、とか言い訳しようものなら、あの中年女は自分が馬鹿にされたと激怒して、出て行け、と怒鳴られるのがオチだ。じゃあ外してくださいよ、と泣きつこう。ひとしきり引っぱり、なるほどこれは呪いやわ、じゃ病院紹介するわと紹介された病院に行くと、呪い、いや阿呆か、じゃ試してみて、なるほど、という同じ件を何度か繰り返した末、手術台にのせられて、麻酔されて仮面と皮膚を切り離す手術をはじめられるかもしれない。無駄無駄、呪いなんだから、切り離したところで、包帯が取れる2週間後には再生しとる。皮膚と同じようなもの、いやそれ以上に強力な呪いなんだから。仮面は再生する。プラナリアの遺伝子が入っとるからね、切っても再生する。なるほど無敵じゃない。わし、無敵、どけどけお狐さんが通る。油揚げを供えんかい。甘塩っぱいだしをたっぷり吸った油揚げを見れば腹は膨れる。マジで?つかお前だれ?お狐さん?わしはお前自身じゃ。あかん、あたし、おやじ化しとる!恋人がそれとなく離れていく予感。



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